グールドという人は、本当に不思議なピアニストだ。バッハの演奏では、ノン・レガートで弾きまくり、転がるような音が心地よい。もう一人、ベートーヴェンも網羅すべき作曲家と位置づけ、独特の演奏で魅了する。
そのベートーヴェンのソナタ全集は、残念ながらあといくつかを残して完成していないにもかかわらず、生前ボロクソにケチョンケチョンにしていたモーツァルトのソナタ全集はあったりするわけです。
これは、もうモーツァルトをおちょくっているかのような、誰にも真似できない全集なんです。発売当時から、そういう話は山ほど出ていて、数年前に初めて聴いたときに、自分も確かにこりゃ変なモーツァルトだと思った物です。
でも、確かに客観的に考えると、モーツァルトは本来芸術家というより、娯楽音楽作家兼演奏家であり、だからこそあれだけ多くの曲を作り出すことができたわけです。もちろんそれが彼の天才であるわけですが、とにかくグールドはそういう快楽的な部分を際ただせたかったということらしい。
出だしの1番、2番は、ゆっくりめのテンポで、一音一音をくっきりと分離して聴かせてくれます。そうかと思うと、3番では、もう気が狂いそうな速さで、人間業とは思えません。このあとは、全体的に急ぎ足のモーツァルトが続きます。昔だったらLPを45rpmでかけ間違ったような感じ。
有名なのは11番 第3楽章、いわゆるトルコ行進曲。これほど遅いテンポのトルコ行進曲は他には無い。ランランなんかが弾いたら1分でおわりそうなところを、10分かけているみたいな感じ。
評論家の意見も分かれていて、聴く価値もないという人もいれば、実はこれこそ行進曲のテンポだという人もいたりする。確かに、ゆっくり亢進する感じのテンポとしては、これくらいがちょうどいい。
普通全集でCD5枚にまとまる全集ですが、グールドは4枚で余裕です。初めてモーツァルトを聴こうという方には、とてもお勧めはできませんが、いくつか聴いた後にちょっと変わった物を探しているというならぴったりのセットです。