ベートーヴェンは、ピアノ以外の独奏楽器のソナタにおいても、ピアノは伴奏だけの地位に甘んじることなく、たいへん重要なパートを担当しています。つまりチェロ・ソナタ、バイオリン・ソナタなどでは、対等かあるいは時にはピアノが主となるパートがめずらしくない。
ベートーヴェンの時代に、ピアノはどんどん進化して現代の形に近づくわけです。鍵盤の数もどんどん増えて、さぞかしベートーヴェンはわくわくしながら作曲を続けたことでしょう。その結果が、ピアノ・ソナタだけでも32曲という膨大な量。
ピアノ独奏曲のジャンルでは、新約聖書という位置づけにある32曲のソナタは奏者にとっても、自分のようにただ聴くだけの者にとっても、大変大きな山で、そこを制覇する事はなかなか大変ですし、一つ超えても次から次へと山が現れる感じです。
実際、全集を録音しているピアニストはいったい何人いるんでしょぅか。あまりの多さで、よほどマニアックに探さないとその全貌はわかりません。
最初に聴いたのがケンプ('60)、つづいてアラウ('60)で、このあたりが自分にとってのスタンダードになりました。さらに、グルダ('60)で奏者の独自の展開がたくさんあるところを知って楽しくなりました。
ブレンデル('90)では、正統派の完成形を聴かされたみたいな感じがして、一般的な名盤とされるバックハウス('60)は意外とまじめすぎて好きになれませんでした。
ハイドシェイク('70)のあまりに奔放さはかえって聴きずらい。アシュケナージ('70)はあまりに感情込め過ぎ。ニコライエワ('80)は、間違いを気にせず女流にかかわらずパワーで押し切るところがすごい。
ブラウティハム('10)はフォルテピアノでの完璧版でしょぅし、シフ('00)とルイス('00)は21世紀のスタンダードと呼べるかもしれません。横山('90)も日本人の実力を証明しました。
そんな中で、現役版の中で、一押ししたいのが、イリーナ・ルジューエワ。日本を中心に活躍するロシアの女性ピアニストで、女性らしい情感の表現と、男性並みのしっかりとした打鍵が評価されています。
2008年-2009年に集中的に録音された全集では、そのメジューエワの特徴が最もよく現れて、めりはりのよさとしっとりとした雰囲気が同居して、聴いていてしっくりとなじむ感じが好感をもちました。