電車の車庫・・・なんですが、まず最初に思い出すのは、こどもの時の遊び場。
都電と言うのは、今では荒川線だけが唯一残っていますが、昭和30年代までは路面電車とトロリーバスというのは、都内の交通としては一番普通のものでした。
青山通りも路面電車が走っていましたが、今は国連大学などがある青山学院大学の向かい側は広大な都電の車庫でした。昼間は、大多数の車両が外に出ていますので、もうほとんど空き地状態。
管理は緩くて、中に入って遊びたいだけ遊べたものです。廃屋の探検、秘密基地を作ったり、うっそうとした樹々で囲まれた奥の池で遊んだりと、まさに「20世紀少年」状態でした。
それから、時はたち、次に思い出すのは「機関車トーマス」でしょうか。車両基地に集まった「機関車」たちが、いろいろな四方山話に花を咲かせるのが印象的です。
この車両も、昨日はこんなことがあったとか、あそこは通過するとき注意が必要だよなどと、いろいろと会話をしているんでしょうかね。