2021年3月30日火曜日

グランド・ブダペスト・ホテル (2014)

8本目のウェス・アンダーソン監督作品で、監督のこだわりがつまった、今のところ最高傑作の呼び声が高い映画です。

初めて導入されたアンダーソンのこだわりは、スクリーンサイズを一つの作品の中で変えてしまうという手法。この映画では、スタートの現代で一人のファンが作家の墓を訪れ、1985年に作家が自分の書いた小説を思い出し、1968年に小説の元ネタを知る、そしてそのネタは1932年に始まるという構成になっていて、それぞれの時代で異なるスクリーンサイズを用いることで時間軸の変化を示しています。

現代は1.85:1のビスタ・サイズ(いわゆるワイド画面)ですが、周りを黒枠で覆って全体を狭く見せています。1985年になると、その黒枠を拡大してより狭くなる。1968年は2.35:1のシネマスコープ・サイズで上下に黒い部分が残り左右は画面いっぱいに伸長します。そしてメインの1932年は137:1のスタンダード・サイズとなって、上下は一杯になりますが、左右に黒枠が入る。

普通なら、字幕を付けて説明するだけとか、古いものほど彩度を下げ、場合によっては白黒にするというのが簡単。あるいは、現代と1985年は削除しても話は成立するところなんですが、アンダーソン監督は、自分の美意識であるピンクを中心にした色彩豊かな情景を最優先として、ここでは映画の入れ物を変更するという斬新な方法で時を遡る雰囲気を表現しようとしています。

横長のシネマスコープ・サイズでは、アンダーソン監督のカメラの横への平行移動によるシークエンスの連続的な移動が実に効果的ですが、面白いことにスタンダード・サイズでは正方形に近くなり、人の動きやカメラの移動が画面の上下に変わってくる。この場合は高低差や前後の奥行に幅が出てくる演出に変わってくるのです。

さて舞台は、東欧の架空の国ズブロフカという国、高級リゾートとしてかつて栄えたグランド・ホテル・ブダペストです。1968年、今はさびれたこのホテルに作家(ジュード・ロウ)が訪れました。そこで、ホテルのオーナーであるムスタファから、何故このホテルに関わるようになったのかの経緯を聞くことになりました。話し込む二人の後ろで、手持ち無沙汰に座っているのはカメオ出演となったクリエイターの野村訓市氏。ホテルのフロントを受け持つのはジェイソン・シュワルツマンです。

1932年、ここには訪れる客から絶大なる信頼を寄せられるグスタヴ・H(レイフ・ファインズ)というコンシェルジェがいました。徹底的なサービス精神は、時には老婦人のお相手すら厭わない。そこへ身寄りのいないゼロ(トニー・リヴォロリ)という名の青年が、新米のロビーボーイとして登場し、グスタヴにホテルマンのイロハを叩き込まれるのです。仲間のホテルマンにはオーウェン・ウィルソンが混じっています。

ゼロは町で人気の三段重ねシュークリーム職人であるアガサ(シアーシャ・ローナン)と仲良くなります。アガサの右の頬にはメキシコの形の赤痣があるのですが、監督のこだわりの一つなんでしょうけど、何故かはまったく不明です。メディアの特典映像に、このシュークリームのレシピが動画付きで詳細に紹介されています。

ある時、長年の付き合いがあるマダム・D(ティルダ・スウィントン)が急死し、何とその遺産である高価な絵画がグスタヴに贈られることになったのです。グスタヴとゼロが汽車でマダムの邸宅に向かう途中、すでにファシズムが迫ってきていて、二人は列車の中で秘密警察?ヘンケルス(エドワード・ノートン)によって検閲を受けます。

息子のドミトリー(エイドリアン・ブロディ)は激怒し、用心棒兼自称探偵のジョプリング(ウィレム・デフォー)と共に、グスタヴを罵倒するのでした。帰り際に、グスタヴはゼロと一緒に絵画を盗み出してホテルの自室に隠しました。ホテルの弁護士であり、かつマダムの遺言執行人を演じるのはジェフ・ゴールドブラム。なお、マダムの屋敷のメイド役で レア・セドゥが登場します。

ドミトリーらは、グスタヴを陥れマダム・Dの殺人容疑で刑務所に送ることに成功しました。しかし、ここでも親切なコンシェルジェ魂で仲間を作り、外からのゼロの協力もあって脱獄に成功。

ここで登場するのが、「鍵の秘密結社」という謎の組織。どうも有名ホテルのコンシェルジェが横につながって、時には政局にも影響するような活動を秘密裏に行っているらしい。まず、グスタヴが電話をしたのはビル・マーレイ演じるムッシュ・アイバン。アイバンが連絡を取るのがムッシュ・ジョルジュで、ウォレス・ウォロダースキー(ダージリン急行、ファンタスティック・Mr.フォックス)。続いて登場するのがワリス・アルワリア(ダージリン急行)が演じるディーノやボブ・バラバン(ムーンライズ・キングダム)演じるマルチンです。

鍵の秘密結社の結束力と情報網によって逃亡した二人は、事件の鍵を握るマダムの執事が雪山の上の修道院に隠れていることを突き止め向かうのです。ここまでは、アンダーソン監督らしい実にスタイリッシュな笑いを含んだサスペンス・コメディという感じですが、ここからはまるで往年の「007」みたいなアクション・コメディに変貌します。

いろいろな映画のオマージュ感じさせるシーンを散りばめ、複雑な構成の割にはスピーディに息つく暇を与えず展開させる編集が見事です。多くのアンダーソン一座の面々が登場するので、こういう常連の俳優を見つけるのも、アンダーソン作品の楽しみの一つ。

この雰囲気が気に入ると、もうアンダーソン・ワールドは病みつきになること間違いなしです。