2025年4月11日金曜日

僕たちの戦争 (2006)

 もとはTBSのテレビドラマで、現代の若者が戦時下にタイムスリップする・・・だけなら凡庸ですが、この話のポイントはタイムスリップした上に人物の入れ替わりも起こるというところが面白い。

原作は「愛しの座敷わらし」の萩原浩の小説で、テレビで活躍した山元清多が脚本、「逃げるは恥だが役に立つ」の金子文紀が演出を担当、主題歌にTHE BLUE HEARTSを起用したりと、テレビとしてはけっこう力が入った作りになっています。

平成17年(2005年)の世界で、茨城の海で尾島健太(森山未來)はサーフィンをしている最中に巨大な波に飲み込まれ溺れてしまいます。昭和19年(1945年)の世界では、霞ケ浦予科練で飛行訓練をしていた練習生の石庭吾一(森山未來)は、突然の悪天候に巻き込まれ海に墜落します。

1944年の浜に打ち上げられた健太は、町の様子が一変していることに気がつきます。空腹でふらふらしていいる健太を、孫の文子(内山理名)と二人暮らしの)沢村キヨ(樹木希林)は家に招き入れ休ませるのでした。その夜、空襲警報がなり、健太は少しずつ事態を理解し始めます。

同じく、2005年の浜に打ち上げられた吾一は病院に収容されますが、周囲の様子の変化に戸惑いパニックにり逃げ出します。街には敵国の文字が溢れ、道行く人々もとても日本人には見えない。病院に連れ戻された吾一は、やってきた人々が皆、自分のことを健太と呼ぶことに戸惑います。そして健太の恋人のミナミ(上野樹里)が、記憶が戻るように親身になってくれるのでした。

班長の山口(桐谷健太)に見つかった健太は予科練に連れ戻され、吾一として練習機を墜落させたことを強く責められます。戦況はどんどん悪くなり、予科練の隊員は特攻隊として出撃するように言われ、健太もその一員に選抜されてしまいます。

吾一は歴史書を読み漁り、次第に自分の状況を理解していき、優しくしてくれるとミナミとの生活に慣れていきます。そして石庭家の墓に詣でると、墓石には自分の名前があり沖縄で死んだことになっていたのです。おそらく自分と入れ替わりに過去に行ってしまった健太が身代わりになったと考えた吾一は、ミナミを連れて沖縄に向かうのでした。

健太は人間魚雷「回天」の乗組員として沖縄に向かうことになり、その船で鴨志田祐司(玉山鉄二)と知り合いますが、偶然に鴨志田が沢村文子と結婚し、孫にあたるのがミナミであることに気がつきます。鴨志田が死んでしまったら、ミナミは存在しなくなってしまうと考えた健太は、何が何でも鴨志田だけは死なせてはならないと決意するのでした。

現在から過去へ、そして過去から現在へのタイムスリップが同時に起こり、さらにタイムスリップした人間が入れ替わってしまうというなかなか凝ったプロットで興味深いのですが、その二人は家族でさえ気がつかないほど瓜二つということで成立するストーリーです。

さすがにそれは作り過ぎという感じがしますが、そこさえ我慢できれば、現在と過去を交互に描きながら、しだいに両者が沖縄の海に向かって時空を超えて収束していく流れはなかなかよく出来ています。

太平洋戦争の時代から80年たち、直接的に戦争を知る方々の多くが亡くなり、今や外国の戦争を他人事のように感じているのが現代の日本人です。現代人を戦争中にタイムスリップさせるというのは、現代と戦時中のあまりに大きな違いを際立たせる手法として効果的であることは間違いありません。

ただし、この手のドラマにしても映画にしても、そこからあと一つ、じゃあどうすればいいのかみたいなポジティブな部分が見えてこないのが惜しまれます。もちろん過去を変えたら未来が変わるという大原則がある以上、結局何もしないというのが正解なのかもしれませんが、どの作品もちょっと物足りなさを感じてしまうのが残念なところでしょうか。