韓国人で主としてCMディレクターとして日本で活躍しているグー・スーヨンが監督・脚本を担当した映画で、福岡県福津市の宮地嶽神社の全面的な協力の元作られた作品。
宮地嶽神社の宮司(リリー・フランキー)は離婚して、巫女として神社を手伝う娘のしわす(広瀬アリス)と二人暮らし。しわすは自分が母親に捨てられたトラウマを抱えていて、早く就職して巫女をやめたくてしょうがないので、神に仕える身としてはかなりいい加減な振る舞いが多い。
ある時、参道で放火とみられるボヤ騒ぎがあり、賽銭が度々ぬすまれるようになりました。夜回りをしていたしわすは、その犯人である少年を捕えますが、少年は一言も口をききません。しわすが世話をして神社でしばらく預かることになりましたが、質の悪いいたずらを辞めようとしませんでした。
児童相談所がやっと母親(MEGUMI)を見つけてきて、少年は5歳の健太という名前であることがわかり、母親に引き取られて帰りますが、母親は恋人の前ではいい顔をしますが、健太には強く当たりしばしば暴力を振るっていたのです。
そのことに気がついたしわすは、健太を連れ出しますが、相談所の担当者の前で健太は殴られた顔のあざの犯人としてしわすを指さすのでした。自分ではないと言っても、だれもしわすの言うことには耳を貸そうとしません。しわすは自分を捨てた母親を訪ねることにするのですが、健太も後をついてくるのでした。
まず感心するのは宮地嶽神社というそれなりに全国に名が知れた大きな神社が、よくもまぁこんなに協力したものだということ。神社の俗物的な内情の一端も描かれているので、まずくないのかなぁと心配してしまいます。
それはそれとして、そのような部分をコメディにしつつ、しわすと健太と言う育児放棄された二人と児童虐待と言う社会性の強い問題をさらりと描いた作品ということが言えそうですが、実際にはそれほど堅苦しさはありません。
しわすより巫女らしい巫女、現代風の冷めきった巫女なども出てくるのですが、描き込は少ない。結局のところ、広瀬アリスの豪快でファイト一発的なキャラに頼り切った未熟な人物の成長物語という感じで、期待を裏切らない普通の進行をしています。
広瀬アリスのファンは必見だとは思いますが、映画としては普通で、それ以上でもそれ以下でもないというところでしょうか。