年末年始休診のお知らせ

年内は12月28日(月)午前まで(午後は休診)です。 12月29日(火)~1月4日(月)は休診します。

2009年6月8日月曜日

おっさん顔

今朝、おっさん臭い中学生・・・と思う少年を見かけた。別に加齢臭が漂っているわけではない。

何がおっさん臭いかというと、まず髪型。いわゆる七三なのである。

う~ん、それだけでも十分な感じではあるが、さらに今時珍しいへそより上の高さにベルトなのだ。しかも、ちょつとメタボ。服は白い半袖ワイシャツにグレーの夏服ズボンという、ごく普通のいでたちである。

最近は腰パンの格好に目が慣れてしまい、普通以上に高い位置でベルトをしている姿はかえって新鮮かもしれない。

身長はまだ小学生だったのはそんな昔ではないことを想像させるが、顔は・・・まさにおっさんであった。

だからと言って、この子が駄目なのではない。きっと、大変真面目ないい子なのだろうと思う。今は老けているが、そういう子は年を取ってからはむしろ若く見られるに違いないのだ。

そう、今は無理かもしれないが、君は中年以降に花開くはずなのだ。それまで、じっくりと熟成してもらいたいと思うのであった。

2009年6月7日日曜日

Sigiswald Kuijken / J.S.Bach Cello Suites

チェロという楽器はヴァイオリンみたいな形をした弦楽器で、膝と膝の間に挟んで演奏するわけです。コントラバスより小さく、ヴィオラよりは大きい。

ところが、今のような形態となったのは、18世紀末からのようで、昔はどうも違うみたい。バッハの頃にはヴァイオリンのように持って、肩や胸で支えて演奏していたらしく、モーツァルトの時代になって床に置いて弾くようになったというのです。

ということは、今は主に低音のパートを受け持つため、ボディを大きくして反響しやすくしているわけですが、この大きさではとても手持ちでは演奏していられません。つまり昔はだいぶ小さかったんだろうなと、容易に想像できるわけです。

クラシック音楽の世界は通常現代楽器で演奏するわけですが、作曲者の時代の音にできるだけ忠実に近づけたいと考えている演奏家がいます。そういう人たちが使う楽器が古楽器。ピアノなら、モーツァルトを弾くならフォルテピアノかクラヴィアコードでないとと考えている。バッハをモダン・ピアノで弾くなんてもってのほか。カラヤンとベルリン・フィルの大迫力超弩級オーケストラなんてくそくらえ。

まぁ、そこまでいかないにしても、古楽器信奉者はかなりこだわりを持った人たちであることは間違いありません。クイケンというヴァイオリン奏者も、そんな一人で古楽器界を鍵盤楽器奏者のレオンハルトとともに支えているわけです。

そこで、バッハの時代には今のようなチェロは無かったわけですから、無伴奏チェロ組曲を再現するために当時存在していただろうショルダー・チェロ(ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ)を復元しちゃったというわけです。

実際のCD発売は弟子の日本人奏者寺神戸亮に先を越されてしまいました(2008年2月録音、6月発売)が、クイケンは2004年に楽器完成直後から精力的に使用して、2007年についに無伴奏チェロ組曲を録音、そして2009年になってやっと発売になりました。寺神戸氏のブログに解説があります。

正直に言って、自分の場合はあまり古楽器というものにはこだわりはありません。いくら楽器だけ、あるいは奏法を古めかしくしたって、バッハの時代の空気が戻ってくるわけではないので、モダン楽器でも良い音楽の価値は変わるものではないと思っています。

じゃあ、この演奏はどうなのかというと、けっこういけているのです。楽器が小振りになってチェロの音の厚みが失われるのではないかと最初は考えたのですが、意外や意外。確かに低音はやや貧弱な感じは否めませんが、その分を十分すぎる共鳴で補っているようで、ほとんど違和感を感じません。

逆に言うと、これだけの響きを手持ち楽器で出すためには相当な腕力というか、体力が必要なのではないでしょうか。たぶん弓の弾き方一つで相当音が変わってしまうんでしょうから、特に早いパッセージではさぞかし大変だろうと想像します。

もっとも、そういう理由ですたれてしまったんだろうと思いますけど、とにかく演奏自体は悪くありません。オリジナルへのこだわりはともかく、比較的素直な演奏で、しっかりした響きが心地よい。こういうのもありかな、という感じでした。

Pierre Fournier / J.S.Bach Cello Suites

高校生から浪人していた頃にヴィスコンティ監督の映画にはまっていた時、音楽にクラシックが多用され、しかもチェロの響きが印象的だったせいもあり、その頃からチェロのおちついた音色が好きでした。

レコードからCDに移行し始めた80年代にいくつか数少ないクラシックのCDを購入しましたが、そのほとんどがチェロ作品でした。その中で、たまたま何の前知識もなく購入したのがフルニエの無伴奏。

ピエール・フルニエ(1906-1986)は、フランスのチェロ奏者で、「チェロの貴公子」と呼ばれロストロポーヴィッチよりも少し古い。今から考えれば、恐れ多いことに十分すぎるくらいチェロの巨人だったんです。

バッハの無伴奏チェロ組曲はもともと練習曲という意味合いから、20世紀になるまであまりかえりみられていなかったそうです。

それを、チェロ奏者にとっての聖典として一気に脚光を浴びるようにしたのは、巨匠カザルスの功績であることは疑いもありません。ただ、自分のようにいい加減なクラシックファンは、わかっているけど戦前の古い録音を一生懸命聴く気になれません。

フルニエは何度も録音があるのですが、偶然手に入れたのは70年代のもので、現在は廃盤なのかHMVでもAmazonでも手に入らないようです。チェロしかないのに大変深みのある音空間にえらく感動したものです。

これが当然バッハの無伴奏チェロの自分にとっての規範となるわけですから、他の演奏を聴く時にはどうしても比べて善し悪しを決めてしまいます。しかし、デュ・プレの若い力も、ヨー・ヨー・マの力強さも、ビルスマの古楽器の魅力も今のところフルニエの上にはいきません。

2009年6月6日土曜日

シャツイン

あなたは、シャツをズボンの中に入れますか? それとも、ズボンの外に出して着ますか?

そんなことで、自民党の細田幹事長は、小池百合子さんに「おじさん」臭いところを指摘されてしまいましたね。シャツは種類によって、出して着るか入れて着るか決まっているようですから、おしゃれにうるさい人なら、ちゃんとこだわりをもって着こなしているんでしょう。

でも、ファッションの自由化は止まるところ知りません。ある意味何でもありという状態なので、絶対的な着こなしなど個人の主観によってどうとでもなる。

「このシャツはズボンの中には入れてはいけない」などと指摘しても、実際本来ズボンの中に入れるべきワイシャツを出して着るのもありなわけですから、個人的には幹事長さんは好きではありませんが、ちょっと可哀想な感じがするのでした。

実際のところ、自分の場合は圧倒的にズボンの中に入れていることが多い。カラフルなカジュアル系のワイシャツの場合は下にTシャツで、上に羽織る感覚で出していることがあります。またジーンズ系の場合はさすがに出している。

まぁ、たいてい持っているシャツはワイシャツなので、出しようがないというのも現実ですが。ただし、ワイシャツはごく一部の例外を除いて、ほとんどがボタンダウン。

なんでかというと、昔から手術の時に着替えるわけですが、ボタンダウンだとネクタイをゆるめるだけで外さなくても、Tシャツのように脱ぎ着ができるのです。

研修医のころは手術が終わると、一目散に着替えて手術室の出口の患者さんの乗ったストレッチャーを受け取り病棟に戻らなければならなかったので、とにかく着がえに時間がかけられなかった。ボタンダウンなら頭からかぶって、ボタンを2つとめ、ゆるめてあるネクタイをキュっとしめればOK。

そんなわけで、ボタンダウンの習慣がしっかり身について離れないのでした。

2009年6月5日金曜日

アメ車

アメ車、要するにアメリカの自動車。フォード、クライスラー、GMというアメリカの今日の発展を大きく支えたメーカーがここに来て息も絶え絶え。クライスラーに続いてGMも倒産ということで、時代の移り変わりは無情そのもの。

今や外車と言えば、ベンツかBMW。そうでなければ、ボルボ、シトロエン、プジョーなどの方が思い出しやすい。

昭和の大人にとっては、アメ車はステータスそのものでした。しかし、日本ではスーパーカー・ブームを境に、ヨーロッパ車が人気を誇るようになり、アメ車はガソリンを消費するだけの下品な大きいだけの車になってしまった感があります。

昭和の時代は、文化といえるものは何でもアメリカから入ってきた。チョコレートやポテトチップといったお菓子。音楽もプレスリー。テレビドラマもアメリカの番組ばかり。そういう中で、アメ車は最高にかっこいいアイテムとして、みんなの憧れだったんでしょう。

そうなると、しだいに景気がいい人が乗るようになり、いつの間にか暴力団の公用車のようなイメージが定着したのも災いしたかもしれません。真っ黒のキャデラックなんて走っていたら、避けた方が無難。

トヨタのカローラから始まった国民車。ニッサンのスカイラインで人気に火が付き、気が付いたら日本人が日本人のために作ったわけですから、アメ車よりも日本の風土にもマッチして大人気。技術力もあきらかに追い越して、とにかく日本車は壊れなくなった。

崩壊したアメ車神話は、もう元には戻せないくらいにずたずたになったと思います。世界のリーダーと自負する、アメリカの国そのものを象徴しているような話です。でも、対岸の火事と笑ってばかりいられません。日本も、医療だけでなくいろいろな分野で空回りが目立つ昨今です。

物事の正しい価値を見極める力を身につけ、いろいろに変化にも柔軟に対応できるようになりたいものだと思うわけです。

2009年6月4日木曜日

停電マニュアル

整形外科クリニックの停電マニュアルなんてものは・・・やはり、ありません。

生命にかかわる機器を使用しているわけではないので、自家発電のような大げさなものは不要です。でも、昨日経験して、なるほど、ある程度の心構えというか準備は必要であることを実感しました。

特に、電子カルテを使用していると、クリニックの生命線はパソコンにあるわけですから、これがつぶれたらアウト。そして、レントゲンも、手作業で現像・定着作業をしているわけではないので大事なところです。そして、物理療法に使用しているいろいろな機器についての対処も確認しておく必要があります。

まず、電子カルテ。サーバーにしているパソコンは、まさに心臓なので、ふだんのデータのバックアップはたくさんあるにこしたことはありません。うちでは、サーバー自体がRAID構成にしてあるので、リアルタイムにサーバー本体にバックアップを取っています。

それから、別のパソコン2台にデータを1日に1回バックアップします。それと、すぐに使えるように電子カルテ一式をインストールした、ふだんはまったく使わないパソコンを1台用意しています。

ただし、これらはパソコンがクラッシュした時の対策。停電ではほぼ完璧にお手上げになります。

サーバーはデスクトップなので、無停電装置を設置してあるので、停電の時はシャットダウンするしかありません。この時に現在クリニック内にいる患者さんのリストなどをメモするしかない。

できるなら保険証情報も書き留めておく。昨日も、何かの時のためにまっさらな処方箋の紙は用意していたのですが、保険証情報が確認できずに使えませんでした。

受付やリハビリ室で使用しているクライアント専用の3台のパソコンはいずれもノートタイプ。こういう時ノートタイプはバッテリー内蔵なので、とりあえずいきなり落ちる心配はありません。古くなってそんなに長時間は持ちませんが、冷静にシャットダウンする時間は十分です。

さて、問題はレントゲンです。もしも撮影後の読み取り中だと、途中でストップです。これは復旧してもたぶんあきらめるしかない。読み取り途中の停電は、下手をすればCRカセットも駄目になるかもしれません。しかし、こちらには無停電装置のような物は設置できません。

レントゲン画像を管理するサーバーには無停電装置を設置していますので、送られてきた画像の整理までは大丈夫。データ保存用の1GBのHDDはバックアップ用と併せて2台。クラッシュした時のためにさらの同型のHDDを1台用意しています。ここまで用意したら、あとは謝るしかありません。

電子カルテ&電子レセコンでは、会計もできませんし、だいたいレジが動かない。手作業でやることはできなくはありませんが、かえって間違えたら後が面倒です。基本的には、治療の途中だったかたからはお金をいただくわけにはいきません。終わっている方は、次回来院することがあったときに精算させていただくしかないでしょう。

今回はたまたま昼間だったので暗くて困ると言うことはほとんどありませんでしたが、夕方以降だと懐中電灯が必要です。今までは、診察用の小さな物が2個あるだけですが、用意しておくようにしたいと思います。

100%というわけにはいきませんが、小さなクリニックでも危機管理対策が必要であることをあらためて思い知らされた一日だったわけです。

2009年6月3日水曜日

大停電

ニューヨークの話じゃありません。センター南医療ヴィレッジのあるビルの話です。

本日の午前11時半ごろ、ビルが停電になってしまいました。もう、完全にお手上げです。

たまたま、レントゲンの処理もしていなかったし、電子カルテも書き込みをしていなかったので、パソコン関係は事なきをえましたが、物理療法をやっていた患者さんは皆さん電気で使用する道具を利用していたところなので、途中で中止せざるを得ませんでした。

特に腰の牽引をしていた方には、大変ご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません。

結局、午前中は復旧できる見込みがたたず、診療も中止することになりました。幸い12時50分に元に戻って、いろいろ点検して午後からは普通に診療できましたが、とにかく大慌てです。

あざみ野棒屋先生のところのスタッフ、通称九の一はすぐに地下と一階のエレベータ乗り口に降りて患者さんを誘導していただき、本当にありがとうございました。

さて原因は東京電力の設備の事故だったようで、ビルには問題が無かったので一安心。それにしても、停電で命に関わるような設備は持っていませんからいいようなものの、開院以来初めての出来事で、いかに電気に頼っているかがよくわかりました。

パソコンが壊れることは想定していて、その場合の回避策は考えていましたが、停電はまったく考えていなかった。今後、もしかしたら地震などによって、もっと大きな事態に直面することもあるので、今日の事件をいい教訓にしたいと思います。

・・・・

思わず、目や耳を疑いたくなる6月1日夜の交通事故のニュース。

自分がよく通る場所、まさにその場所を知っている。その少し前まで、ほんの5分くらい歩く距離で仕事をしていました。

亡くなった近くの大学病院の看護師の方々。直接の面識はありませんが、整形外科病棟の中心で、自分からも日常の仕事ぶりが容易に想像できます。

その日まで一緒に仕事をしていた医師の方々の気持ちもわかる。面識のある病院の方々がインタヴューされている。

あまりに自分に近い事故で、いろいろな意味でショックです。合掌。

2009年6月2日火曜日

ちょっとイタリアン

まぁ、ちょっとだけですけどね。ちょっとですよ、イタリアンな雰囲気は。

威張ってお見せするほどのものじゃない。だって、説明するも何も、見たまんまですから。

鶏のもも肉をバジルなどのイタリアンスパイスでソテーにしてピザのチーズをぱらぱらとまいて溶かしました。

手前はサラダ。トマトスライスを並べたところに、いろいろな葉っぱと角切りきゅうり、あとはソフトサラミをばらまいただけ。

こっちはプレーンオムレツ。だって10個で87円の特売で、山ほど卵を買ったので使わなくっちゃ。

カロリーの多いところと少ないところを考えているくらいが、多少いいところでしょうかね。でも、オムレツにマヨネーズかけちゃダメですね。

2009年6月1日月曜日

雨ふりキャンプ

なんとなく湿った天気が続いて、このまま梅雨に突入してしまうのかなぁ。日本は四季があって、それぞれの季節の違いが日本人の感性を磨いてきたのですから、梅雨は必要なものではありますが、やはりあまり楽しい気持ちにはなれません。

6月というのは、珍しく祝日のない月です。無駄な休みがないことは、悪いことではありません。特に開業医にとっては、診療実日数が直接生活に響きますから、5月のように、やたらと連休があっても、少なくとも自分にとっては嬉しくはない。結局その分当直が増えるだけなのです。

まぁ、それはともかく、やはり雨というのはやはりあまり嬉しくはありません。最近はまったく行けないので、道具も錆びついてしまっているキャンプ。けっこう雨にたたられた経験があります。

わざわざ琵琶湖に行ったときは、大雨でテントサイトも水びだし。テントのまわりにしっかりと溝を掘って、水を誘導しました。

那須に行ったときは、洪水警報で管理人の人がわざわざ避難勧告をしに来ました。しょうがないので、こどもたちは車の中で寝かせて、大人だけテントにいたことがあります。

極めつけは、10月の箱根。大粒の雹がどかどか落ちてきて、どしゃぶりの中で、テントが浸水。中まで水が入ってきて、こっちはびしょ濡れです。寒いなんてモンじゃない。氷水に浸かっているようなもんです。ちょっとでも動いたら寒くてしょうがない、というか動けないというのが本音。よく凍死しなかったなぁ。

しかし、これだけ雨に降られれば、たいていの雨は怖くない。雨の撤収なんてお茶の子さいさいです。タープを残して、その下にブルーシートを敷いておく。そこでどんどん荷物を整理して、車に詰め込みます。最後にタープの濡れた表面を裏にしてたたむ。

あとは一目散に帰ってくるだけ。タープは帰ってから広げて乾かします。まぁ、そんな知恵はオートキャンプの入門書などには、さんざん書いてありますから、誰でもやっていることでしょうけど。

2009年5月31日日曜日

日本ダービー

なんか今日は日本ダービーというのがあったそうで。まるで他人事のような言い方ですが、実際まったくの他人事、今まで馬券というものは買ったことがないのです。

ゲームなんかでは競走馬の育成ゲームがけっこう人気だったりするということですが、とにかく競馬というものに関連したもので特に興味を持ったことがない。以前、日曜日の午後はテレビで競馬しかやっていないので見るものがありませんでした。

う~ん、いいのか悪いのか。後輩の医者で競馬キチガイがいましたけど、はぁ~、なんでそんなことまで知っているのという感じでした。そんなことより、明日の手術の予習してこいよ、というところ。

昔は完全にオッサンの趣味で、ちびた鉛筆をなめなめしながら、競馬新聞を必死に研究しているみたいな感じでした。

笑い話で、こどもがお父さんに日曜日に動物園に連れて行ってもらったけど、馬しかいない動物園だったなんて話がありました。

最近はテレビでタレントを使って、せっせと宣伝して若者や女性のファンを拡大し、随分雰囲気も変わったんでしょうね。

結局、自分の場合は賭け事が嫌いというか苦手なので、興味がもともと湧かなかったということでしょうか。まぁどの馬が勝っても負けても、自分の人生にはほとんど影響はないわけで、たぶんこれからも関係ないんでしょうね。

Consortium Classicum / Beethoven Chamber Music for Wind

Harmoniemusikというと、いかにもドイツ語。となると、ハルモニエムジークと発音するのが正しいのかな。ハーモニーとミュージックの合成ですから、直訳すれば調性音楽ということになるんでしょうけど、実際は主として木管楽器(wind instruments)を用いた18世紀に流行した室内楽のことを指すわけです。

最近になって、この手の音楽の存在を知って、けっこう嫌いじゃないことに気がついたわけです。

今まであまり注意を払うことが無かったので、かなりマイナーな音楽かと思ったら違いました。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンらの古典派の大作曲家の作品の中には馬鹿にならない量のHarmoniemusikがあるのです。

彼らはオリジナルの作品も作りましたが、自分のオペラ作品などを専用に編曲したりもして、貴族が自分の城の中で手軽に楽しむ一助としていたんでしょうね。

さて、そこでベートーヴェンです。クラリネット、フルート、オーボエ、ファゴット、イングリッシュホルンなどの比較的独奏の機会の少ない木管楽器がいろいろな形で楽しめる曲が揃っています。さすがに金太郎飴のモーツァルトとは違います。一つ一つの作品の語り口がいろいろで、こんな組み合わせもあるんだと拍手をしたくなります。

コンソルティウム・クラシクムはHarmoniemusikを語るには欠かせないアンサンブルの一つ。HMVで検索してみると、大量のディスクが出てきます。クラリネット奏者のディーター・クレッカーがリーダーで十数人のメンバーが、レパートリーに応じて参加する、いわゆる「ユニット」という形を取っているようです。

演奏している方には悪いかもしれませんが、けっこう肩肘張らずにのんびりと聞けるのがいい。休日の午後には、ちょっとおしゃれにティータイムのBGMとしても是非どうぞ。

2009年5月30日土曜日

二度と近づきたくない店リスト

昨夜は、同じ都筑区で開業している先生と食事会。たまプラーザにある過去に数回言ったことがある焼き鳥のお店で、けっこうお気に入りだったりですが、かなりがっかりしました。

と、言うのは、お店の雰囲気が随分と変わってしまったように思えたのです。焼き鳥屋さんとしては、けっこう洒落た店で、一本一本の串もゆっくり丁寧に焼き上げる。比較的大人のお客が多く、みんな静かに楽しんでいました・・・それは過去のこと。

とにかく、入ってびっくりしたのは満員はいいとして、とにかく賑やかなのです。こんなに騒々しい店だったっけ。

予約していた席に座って間もなく、明らかに学生とおぼしき一団がすぐとなりにやってきた。いかにも今時の若者で、とにかくよく騒ぐ。向こうのカウンター席ではアルコール中毒になったのか、客がへたり込んでいる。

隣の一団と店長らしき人、バイト店員は顔なじみのようで、そういうお店の人がしょっちゅうただの料理や酒を持ってきて差し入れては、一緒になって大声で騒いでいくという始末です。なんか違うように思いますよ。

まるで、そこらの居酒屋チェーン店のような喧噪で、ほとんどこっちの話もよく聞こえない。1mと離れていないのにですよ。

お店の質が変わったと言えばそれまでですが、以前のイメージでやってくる客にとっては大変残念なことで、たぶん二度と近づきたくない店リスト入りしてしまいました。場所をチョイスしたのは自分なので、ご一緒していただいた先生には申し訳ないことをしました。

この手の店はいろいろ増えてきているので、一つ消えてもあまり困ることもありません。

2009年5月29日金曜日

厚生労働省分割化

おやおや、麻生さん。「別に、こだわっている訳じゃないから、まぁいいや」とか言って引っ込めてしまいました、厚生労働省の分割化案。

まぁ、分割民営化までいかなくてよかったけど。

それにしても、この一週間くらいの間の騒ぎは何だったんでしょうかね。そもそも20日のことでしたか、急に麻生さんが「読売新聞の渡辺さんが言い出した」として始まったわけです。

例によって、思いつきの発言なんでしょうが、急に分割化案をいろいろ出せとか閣僚に指示したりしてにわかに本格化。

でも、なんだかまとまった話にもなりそうもないくらいのところで、そもそも何で今分割化するのかという議論がまったく見えてこない。

確かに厚生省と労働省が合体して、ただでさえ多岐にわたっていた業務が肥大化したことは間違いありません。しかし、なぜ合併したのかという部分で、無駄を省くとか関係業務の連携の効率化などが期待されたわけで、そのあたりの成果についてはどうだったのでしょうか。

省庁再編成の是非については何も議論がされていないように思います。実際、厚労省の分割化については賛成する意見が多いようですから、その辺の議論を国民に伝えることができれば、必ずしも悪い話ではないのかもしれません。

国民生活にかなり密接な仕事が多いだけに、麻生さんの思いつきで出したり引っ込めたりしないで、きちんと考えて貰いたいものです。