クリニックの2017年夏季休診のお知らせ

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2016年5月22日日曜日

JAZZは死んだ

JAZZは死んだ・・・という評論家諸氏の発言は、70年代から始まったと思います。

特に昨年亡くなった相倉久人が1970年に評論したことは、特に有名。相倉は、それまで日本のジャズに対して様々な関わりを持っていました。

もともとアメリカ黒人のゴスペル、ブルースなどから発祥し、ディキシー、スイング、バップ、ハードバップなどの言葉であらわされるジャズの歴史があります。その中で、いかに自由にアドリブを行うかがメインの軸にありました。

70年代にジャズが大きく変わったのは、まず60年代なかばからのフリージャズの台頭がある。自由な演奏表現の行きつく先は、調性や拍子といったすべての制約を取り払うこと。これはジャズに限ったことではありません。

ばっきり言って、自分はこういう芸術表現はほぼ受け付けない。爆発的なエネルギーはあるんでしょうが、ほぼ音の公害に近い感覚でしか耳を傾けられません。

保守的な考え方なんでしょうけど、一定の枠があってこそ様々な人が共感できる感情が湧いてくる、つまり美しいと思えるような「常識」が生まれてきます。枠を取り払うと自由になれるのですが、それは常識の無くなった世界で、極論すれば自己満足だけしか残らない。

もう一つの大きな要素は、電気楽器の導入とロック化。電気楽器により、音作りのバリエーションが増え、そして大音量化が進みます。生の音が中心だと、演奏の場は比較的狭い空間に限られ、それはダンス・ホールであったり、クラブであったりしました。

大音量化により、コンサート・ホールへ進出すると、より多くの人々に聴いてもらえるわけですが、それは大衆化にもつながる。より受ける音楽が評価され、演奏者の個性が失われていくことにもつながる。

実は、それぞれの道を作った張本人の一人とされるのは、自分が大好きなマイルス・デイビスとジョン・コルトレーンであることは間違いない。

コルトレーンは、マイルスらから教わった自由なアドリブの極限を目指し、どんどん演奏時間は長くなり、音楽的な枠組もどんどん無くしていきました。 完全なめちゃくちゃの一歩手前まで到達していたと思いますが、音楽として成り立つ範囲を逸脱する前に短命で亡くなりました。

マイルスは、60年代なかばからのフリー・ジャズには乗り気になれなかった。彼は、電気楽器を導入し、ロック化していきます。確実に、当時のロック小僧にも受けたわけで、自分の場合も、たぶん73年ころだと思いますが、初めて聴いたマイルスは大人のロックだと思いました。

ジャズの巨人と呼ばれる二人は、ジャズを大きく変えていく原動力になったからこそ巨人なのですが、その変革がジャズそのものが「死んだ」かのように思えるほどにまで行きついたということなんだと思います。

これはあくまでも、60年代までの伝統的なフォームにのっとったジャズと呼ばれる音楽から比べての話。60年代までのマイルスは確かにジャズと呼ばれても違和感が無いのですが、"Bitches Brew"以降のマイルスは、「マイルス・デイビス」というジャンルで呼ばれるのが相応しい。

伝統的なかつてのジャズへの要望はその後も絶えず、その一つの現れはV.S.O.P Quintetでした。ハービー・ハンコックが、まだジャズだったころのマイルスを再現するバンドとして、70年代末から80年代前半にかけて活動し大きな人気を得たのです。

その後も伝統的なジャズを演奏する新人は登場していますが、残念ながら、もはやかつてのほとばしるようなエネルギーを感じることができるものには巡り合えていません。

社会が変わったからと言ってしまえばそれまでですが、もはやジャズは古典芸能のような扱いをされていますし、実際自分もそういう聴き方になっている。ジャズを楽しむということは、マイルスだけでも足りてしまいます。

そこへ、フリー化していく前のコルトレーン、頑なにスタイルを固定化させたビル・エバンスを加えれば、もうこれ以上望むべくもない。

やはり、自分にとっては「JAZZは死んだ」と思います・・・残念ですが。

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