2020年6月8日月曜日

Miles Davis / Birth of the Cool (1949)

ポピュラー音楽の世界では、一枚のレコードがコンセプト・アルバムとして完結している場合が多い。一方、主力である50~60年代のジャズの場合は、ファイト一発で1曲1曲をどんどん録音しまくったため、曲として名演はあってもアルバムとしての完成度は劣ることはしょうがない。

実際、同じ日の録音があちこちのレコードに分散されていたり、同日別テイクが山ほどあったり、同じセッションなのに気分でメンバーが抜けたり入ったりと、好き放題です。

例えば、ジャズの逸話として有名なものの一つである、マイルス・デイビスのマラソン・セッションというのがあります。

これは1956年、Prestigeレコードと契約していたマイルス・デイビスが、裏でより商業的にビッグなColumbiaレコードと二股契約をして、Prestigeとの契約分を早く終わらすために、2日間でアルバム4枚分を一気に録音しまくったというもの。

ふだんからライブ・ハウスなどで、毎晩のように演奏していたレパートリーをぶっつけ本番のスタジオで吹きまくっただけで、本人にとっては特に変わったことをしたわけではない。こんなことはジャズの世界だからできる話で、ある意味いい加減とも言えなくはありません。

そんな中でも、現在、名盤中の名盤と呼ばれる遺産は、みなぎる緊張感とほとばしる熱気を記録したライブ盤か、数少ないコンセプト・アルバムであることが多い。そのほとんどが、マイルス・デイビスの作品であることから、マイルスを抜きにしてはジャズは語れないし、マイルスだけでジャズは終われるというのも確実に正しい面がある。

マイルスが発表したいくつかのコンセプト・アルバムは、その後の時代の方向性を確実に示唆していて、多くの追従を生みました。そして、多くのジャズ・ジャイアントがマイルスの元に集まり、そして巣立っていったので、マイルスを聴きとおすと有名なミュージシャンはほとんど網羅できてしまいます。

このことを何度も指摘してきたのが元スイング・ジャーナル編集長であった故・中山康樹氏で、多くの著書でマイルスから始まるジャズ音楽、それを超えたマイルスと言う音楽ジャンルについて語り続けました。

マイルスに対する思い入れは相当なもので、代表作である「マイルスを聴け!」のシリーズは改訂を重ね、最終的にはオフィシャル、海賊盤を含め文庫本で1000ページを超すほぼ完璧なディスク・ガイドとなっています。ただし、氏の主観的評価は、まったくのジャズ初心者には道を誤らせる可能性が大いにあり、自分の聴き方がある程度定まってから参考にすることを勧めたい。

そのマイルスの初リーダー作であり、かつコンセプト・アルバムとしてジャズ史上の名盤の一つされているのが1949~50年の録音である "Birth of Cool" ですが、日本では「クールの誕生」というそのまんまのタイトルが浸透しています。

チャーリー・パーカーに代表されるパップと呼ばれる、ライブ・ハウスののりそのままのアドリブ一発勝負のような熱気があるホットな演奏に対して、全編にわたって編曲を重視した落ち着いたクールな演奏を展開します。

そもそも初めてのリーダー・アルバムで、当時のジャズの慣例に挑戦するというところが、マイルスの非凡な才能がすでに現れている。どうせやるなら、いつもと違うことをやりたいという、生意気な若僧の姿が垣間見えてきます。

このフィーリングは、その後特に白人ミュージシャンに継承され、東海岸から西海岸に渡りウェスト・コースト・ジャズと呼ばれるようになり、ジャズの一つの在り方を示しました。

ただし、マイルスは、というと、実はこのような演奏をしたのはこのアルバムの前後の短い期間だけで、もともとパーカー門下生でもあり、再びパップの世界に戻ってしまいます。

その後半世紀にわたり、マイルスは常に新しいことに挑戦し続けたことを考えると、編曲重視で演奏の自由が減ったことは、音楽の面白みを減らしたと感じたのか、それとも単に飽きたのかもしれません。

実際、マイルスの演奏も「らしさ」は感じられず、まぁそこそここじんまりとまとまった演奏という評価もあながち間違いではありません。

ただし、ただ吹き散らかすようなアドリブではなく歌手が歌うようなメロディックなソロは、ここで聴くことができますし、それがマイルスの真骨頂となっていくことは押さえておきたいところです。