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2013年1月6日日曜日

小津安二郎 「東京物語」 (1953)

日本の映画監督として、世界的な名声を得たのは黒澤明と小津安二郎の二人。この二人の名前を同時に出せば、少なくとも文句は出ない。

数ヶ月前から、年末年始に黒澤作品を集中的に鑑賞しようと、考えていました。それで、新年のブログもその計画に沿って始めました。

ただ、黒澤ばかりを贔屓にしていると、小津ファンには叱責されてしまいます。小津作品についても、一度は取り上げないと片手落ちというものでしょう。

しかし、この二人は、大変作風が異なる。その両方を好きなるというのは、相反する部分もあり、今までにも比較論はさんざん行われています。

誤解を恐れず簡潔な表現をすると、ハリウッド的な黒澤とヨーロッパ的な小津というのは必ずしもはずれてはいない。その影響を受けた世界の映画監督をあげても、だいたいその傾向は当てはまります。

また、動の黒澤と静の小津という対比も成り立つかもしれません。これはそれぞれの映画スタイルからくる違いで、黒澤のダイナミックな演出に対して、小津は徹底的に決められた構図を崩さず画面の中のバランスを重視しました。

さらに、あえて言うと、娯楽性のハリウッドと芸術性のヨーロッパということもあります。黒澤が娯楽性だけではないことは、さんざん書きました。しかし、芸術性だけでは自慰行為みたいなもので、映画は観客がいて成り立つことは自明のことです。

ある意味、興行収入というのは映画の価値を測る尺度としては正しいものの一つ。もちろん、それだけでは芸術としては寂しいことになってしまいますが、そもそもあまり理に走りすぎても理解がえられないでしょう。

小津安二郎は、東宝主体に映画製作をした黒澤と違い、数本を除いて主として松竹で仕事をしてきました。黒澤よりも早くから映画作りをはじめ、1/3ほどはフィルムが失われており、残念ながらその全貌を現在確認することはできません。

「東京物語」は世界中から名作として評価され、今更自分のような付け焼刃でどんのこうのという作品ではありません。もうたくさんの賛辞が寄せられ、今ではこれを見ないと映画ファンとはいえないものになっています。

東京に住んでそれぞれの生活をしているこどもたちの所へ遊びに出てきた老夫婦が、こどもたちから面倒くさがられ、戦死した次男の嫁だけが親切だった。戻ってすぐに妻は亡くなり、葬儀のためにやってきたこどもたちは好きなことを言って帰って行く。

家族の崩壊、核家族化といった問題を抱えているのですが、小津調の特徴で、ストーリーは淡々と進んでいきます。大きなもめごとが起こるわけでもなく、問題の解決策を提示するでもない。少ない台詞まわしで、見るものが自分の心の中で足りない言葉を足して考えるだけです。

少なくとも「面白い」映画とは言わないでしょう。しかし、何となく見た後の穏やかな気持ちにさせてくれるところは、主演の笠智衆のキャラクターに負うところがあり、それもまた小津の特徴なんだろうなと思います。それ以上は、自分にはよくわかりません。