再三書いてきたことですが、例えばノーベル賞の山中教授のiPS細胞が、実臨床の中で治療に簡単に応用されるようになるのは、ジャンルによっては5年程度先の話でしょう。
軟骨の再生という点に限った場合は、内臓などの再生に比べれば早いでしょうが、それでも少なくとも10年以上は必要なのではないでしょうか。口から某健康食品を食べて、何とかなるならiPS細胞にノーベル賞の価値はありません。
リウマチという病気では、薬物治療が急速に進歩したおかげで、以前のような関節の変形を来たして、日常生活に重大な支障を伴う患者さんは激減しました。それでも、それ以前に発症した患者さんや、どうしても薬の効果が出にくい患者さんが存在することは忘れてはいけません。
そういう患者さんの関節内では、関節を包んでいる袋(関節包)の内側の表面を覆っている滑膜に対してアレルギーを起こしてしまい炎症が生じています。この滑膜炎から、骨を溶かしていく酵素などが出てくるために、骨が崩れて変形につながるわけです。
最初に痛むのは、関節内の骨の表面にある軟骨。加齢性の変化でも、軟骨は磨り減っていくわけですが、リウマチの患者さんでは、発症して数ヶ月程度で、レントゲンで骨と骨の隙間の幅が減って見えることがあります。これは、レントゲンには写らない軟骨が無くなってきた事を示しているのです。
これらの変化は、残念ながら今の治療学では回復させることはできません。できるだけ骨破壊の抑制効果が証明されている最新の薬物治療を行うか、ある程度の変形が出てしまうと手術の適応を考えることになります。
以前に比べて、手術が必要な患者さんは少なくなったものの、現在でもまったく無しというわけにはいきません。初期であれば、滑膜炎を除去する方法が有効で、痛みの軽減と変形の進行抑制が期待できます。
しかし、滑膜切除は大掃除のようなもので、リウマチそのものがおちつかなければ、また「ゴミ」は溜まってしまうのです。また滑膜炎組織が、クッションの働きをしている場合もあって、無くなると直接関節内で痛んだ骨同士が接触して痛みを出したり、腫れていた関節がしぼむ事で、関節がぐらぐらする不安定な状態になったりすることもあります。
いずれにしても、骨破壊が進んだ場合には、痛んだ関節を動かないようにする関節固定術か、あるいは人工関節置換術の適応を考慮することになります。
例えば膝の関節は動かないと、痛みが取れても生活での不便は大きいので、できるだけ動きを確保できる人工関節が勧められます。
足首の場合は、大きく動かす必要はあまり無いため、成績が安定していない人工関節よりも関節固定術の方が、確実な成果が得られやすい。
手術によって得られる除痛と機能回復の効果は、実は相反する場合が多いため、医師も患者さんが何を一番困っているのかをよく考えないといけません。ただし、手の指の場合は、さらに問題が大きくなります。
患者さんが手術によって求めるものとして、さらに外見的な変形の修正というものが加わってくるからです。いつも目に入りやすい部位ですから、社会生活をする上で変形は精神的にも重荷になってしまうことがあるのです。
見た目をよくするだけでいいのなら、すべての変形した関節を、一番普通の角度で固定してしまうのが簡単です。ところが、見た目はよくても、動かない指では、機能的には大問題になります。
そこで、指の機能を考える上で、大事なのはそれぞれの指の働きを理解しておくことになります。通常人差し指と中指は、親指と合わせて「つまむ」動作をします。この場合、指の関節が大きく動く必要は少ない。薬指と小指は、「握る」動作をするので、関節の可動域はたくさんないと困るのです。
ですから、人差し指と中指は関節固定をしても、比較的機能的な損失は少ないかもしれません。ところが、薬指や小指は指が細くなるので、人工関節を挿入しずらいという問題もあるのです。
親指は、どんな場合でも力が加わりやすく、しっかりと把持できる安定性と同時に他の指に合わせられる立体的な動きが必要です。いずれにしても、手術をするにあたって考えておかないことは大変多く、手術も個々の医師の技量が大きく関与することになります。
以前に比べて、これらの手術が必要な患者さんは減った・・・ということは、実はそういう手術を経験して医師が専門性を高める機会が減ったともいえるのです。
生物学的製剤というのは、以前の薬に比べると「魔法の薬」のように効果があるのですが、生物学製剤が当たり前の若いリウマチ医は、苦労していろいろな内服薬を使う経験をしていないかもしれません。
とにかく、患者さんも大変だと思いますが、医者も大変。外科系のリウマチ医としては、薬の治療の限界をきちんと判断して、もしも手術が必要な場合には、ちゃんとした専門医がいる病院を紹介することも大事な仕事です。