整形外科領域では、大腿骨頚部骨折(脚の付け根の骨折)は高齢者の代表的な外傷で、いわゆる「寝たきり」になる原因のベスト3に入るようなケガです。
あからさまに転倒したりしなくても、ちょっとつまづいただけで骨折したりすることも少なくなく、骨粗鬆症が基礎疾患にあることはもちろんのことです。
骨折をすると、歩けないだけでなく、長期の臥床により肺炎や尿路感染症の合併症により命に関わる事も少なくありません。ですから、元々歩いけていた方の場合は、積極的に手術をして、できるだけ早期離床を目指す・・・というのが基本方針。
しかし、大腿骨頚部骨折の状況もこの数十年で、ずいぶんと様変わりしました。
自分が医者になった30年前は、80歳代というだけでも(長生きで)驚いていました。可能な限り骨折部を固定する手術をよくしたもので、特に週に一度バイトで出ていた市中病院では、毎週のように手術があったりしたものです。
ところが開業してみると、老人施設から脚の痛みで連れてこられるお年寄りに、この骨折はけっこうな頻度でいるのは変わりませんが、認知症もあるし何しろ元々歩けていない方ばかり。
こうなると、手術をしてもリハビリにもならないし、手術したからといって歩けるようになるわけではない。いくら骨粗鬆症でも、骨折部の癒合はしますので、合併症を予防する事と、少しでも痛みを少なくして、手術無しの治療を考えるわけです。
特に大事なのは、施設に入っている方の場合は、周りの介護しているスタッフが安心して身の回りの世話ができることです。痛がっていると、なかなか手を出しにくくなってしまいます。
そこで、股関節を外から固定するサポータなどを利用して、少しでも骨折部の安定を図りつつ、できるだけ坐位をとれるようにしたりするのが現実的。
先月あった骨粗鬆症学会で、「大腿骨頚部骨折の発生率にブレーキ」という内容の発表が岩手医科大学からありました。
70歳代では過去20年間で最も発生率が低かったということですが、80歳代でもこの5年間くらいは減少傾向が続いてるようです。
これは、骨粗鬆症の治療そのものが効果を上げていることもありますが、そもそも高齢者が圧倒的元気で運動能力を維持することができている方が増えているということなのでしょう。
ただし、喜んでいられないのは、減っているのはあくまでも発生率の話であって、実際の患者数は年々どんどん増えているということです。
発生数は20年前の2倍になっていて、高齢者の割合がどんどん増加した事をそのまま反映しているわけです。その中には、手術の適応にならない方も、ずいぶんと増えているのだろうと想像します。
とにかく、平均寿命がどんどん長くなっても、元気でいられる「健康寿命」が長くないと意味がありません。自分が高齢者と呼ばれる頃には、定年は80歳、高齢者の定義は90歳以上くらいになっているかもしれません。