監督は「キタキツネ物語」のヒットで知られるようになった蔵原惟繕。
八甲田山での過酷な厳寒ロケなどを通して、高倉健には「真冬が似合う俳優」というイメージができていました。そもそも人気を決定づけた「網走番外地」も、雪深い北海道を逃げ回る話でした。
フジテレビが自ら映画を作る、しかも南極を舞台にした作品ともなると、健さんに白羽の矢が立つのは当然で、プロデューサーは何度何度も出演をオファーしたそうです。しかし、健さんはどうしても首を縦に振らない。
急転直下に健さんが出演を承諾したのは、制作発表会見の数日前のことで、これには1982年2月江利チエミの急死が大きなきっかけになったと言われています。
プライベートについて多くを語らない健さんですが、1959年に江利チエミと結婚し、1962年には江利は流産しています。その後、江利の親族のトラブルなどが原因で1971年に離婚していました。
おそらく、江利に対する贖罪の気持ち、できるだけ俗世間から離れていたいという気持ちなどから、過酷さを承知で出演を承諾したのだろうと想像されています。健さんは、その後も毎年江利の墓参を欠かしていませんでした。
さすがにテレビ局ですから、さまざまな番組を利用した、角川映画にも負けないメディアミックスの宣伝手法により、映画は興行的にも大ヒットしました。真の主役は犬たちなのかもしれませんが、健さんたち俳優の遭難寸前の極地ロケがあって初めて見るものに感動を与えられる作品になったことは言うまでもありません。
ストーリーは有名な実話をベースにしたものですから、説明するまでもありません。1956年、日本初の南極地域観測隊の第1次越冬隊が出発。1958年、第2次越冬隊は上陸を断念、第1次の隊員を回収するのが精一杯で、15頭の樺太犬は基地に置き去りになりました。1959年に第3次越冬隊が到着すると、タロとジロの2匹が生き残っていて隊員と奇跡的に再会できたというもの。
映画の前半は、第1次越冬隊の隊長は岡田英次、そして犬係の二人が高倉健と渡瀬恒彦。大部分は北極、そして一部が南極でロケが行われ、越冬隊と犬たちの極地での厳しい生活を描いていきます。
そして犬を連れ帰れなかったことに対する悔恨から、健さんは犬を提供してくれた人々のもとを訪れ謝罪の旅をするのです。すぐに受け入れてくれる人もいれば、中には責められる(まだ子役だった荻野目慶子)。犬たちの碑ができたときは、記者から非難されたりしました。
渡瀬恒彦も、帰ってから犬たちの事が忘れられません。ここで、登場するのが婚約者。これを演じたのは、当時実力が認められ勢いがでてきた夏目雅子です。登場するシーンは多くはありませんが、「時代屋」と同じ渡瀬と芯の強い京女で共演しました。婚約者から背中を押され、ふたたび南極に行くことを決断するのです。
そして、人間たちの様々な葛藤と同時進行で、残された犬たちの壮絶なサバイバルの様子が描かれます。もちろん、それは想像上のことでしかありませんが、犬たちの名演技もあいまって、きっとそうだったのだろうというリアリティを感じることができ、またそれが見ている者を映画の世界に入り込ませる人に成功しているのだろうと思います。
健さんにとって、特別な受賞作ではありませんが、後年「南極のペンギン」という著作を著し、またこれを朗読したCDもだしています。極地俳優といわれた健さんにとって、かなり思い入れが残った作品なんでしょう。