2021年1月22日金曜日

ブリッジ・オブ・スパイ (2015)

今回のスティーブン・スピルバーグの監督作は、1957年に実際にあったソビエト連邦のスパイ逮捕から話が始まり、主要人物は実名で登場しています。

ジェームス・ドノバンはアメリカの有能な弁護士で、ソビエトのスパイ活動をしていたルドルフ・アベルの弁護をすることになります。アベルは二重スパイになることを拒否し、黙秘を貫いていました。

当時は、東西冷戦の緊張がどんどん増している時期で、アメリカ人は本当にソビエトが核攻撃をするかもしれないという潜在的な恐怖を抱いていたのです。アベルを裁判にかけることは、形の上で正義を守った体裁を整えるためで、当然死刑が妥当と誰もが思っていました。

しかし、ドノバンは自らの信念に従い、アベル逮捕の違法性などを指摘し、いずれ何かの時・・・つまり、アメリカ人が敵国に捕まった時の交換要員として重要であると司法を説得し、死刑を回避することに成功しました。このため、ドノバンは周囲から誹謗中傷を受けることになります。

実際には5年後の1962年のことですが、映画では同時進行で、ソビエトを高高度からスパイするためにU-2偵察飛行機で飛び立つゲーリー・パワーズ大尉と、東ドイツのアメリカ人大学生、フレデリック・ブライヤーの話が交錯します。U-2は撃墜されパワーズはソビエト側に捕まり、連日過酷な尋問をうけます。プライヤーは、ベルリンの壁が築かれたため、西側に脱出しようとして東ドイツにスパイ容疑で逮捕されました。

アメリカ政府はパワーズを奪還するために非公式の交渉人としてドノバンを指名します。ベルリンに渡ったドノバンはまだ未来があるプライヤーのことを知ると、ソビエトのKGBとはパワーズ、東ドイツとはプライヤーをアベルと交換で開放するように折衝しました。

そして、ポツダムのグリーニッケ橋で、アベルとプライヤーを交換。同時に別の場所の国境検問所でプライヤーが開放されたことを確認し、ドノバンは高度な政治的難題を見事に解決することができました。

ドノバンを演じたのは、スピルバーグ作品では4度目の登場となったトム・ハンクス。いかにも正義を貫くアメリカ人らしく、祖国への忠誠を崩さないアベルに対しても理解を示し、家族に対しても誠実な父親という役柄はぴったりです。

アベルはマーク・ライランスで、本作でアカデミー助演男優賞を獲得し、この後もスピルバーグの常連になりました。沈着冷静で、自分の立場に怖れをなすことがなく、死ぬかもしれないことがあっても、それを怖がることは何の役にも立たないと平然としています。

タイトルは橋の上で人質交換をしたことから来ており、ドノバンが1964年に著した「Strangers on a Bridge」を原作としています。おそらく基本的には事実通りでフィクションはあまり多くはないように思いますが、列車でベルリンに入る際、ドノバンが壁を越えようとする市民が銃撃されるのを目撃するシーンはストーリーをより深める映画的な部分。

ドノバンが地下鉄に乗っていると、以前は新聞に載った自分の写真からスパイの味方をしたと非難の眼差しを向けられました。しかし、ニューヨークに戻り、困難な人質交換を成功させたことが報じられると人々は祝福の眼差しを送るのです。そして、ふと外に目を移すと、こどもたちが家の裏庭の柵を乗り越えていく様子が見え、ここには危険が無いことに安堵するシーンで映画は終わります。

ここで、例によってスピルバーグの親切と言うか、大きなお世話と言うか、ドノバン、アベル、パワーズ、プライヤーのその後が文字で語られる。アベルやパワーズは敵国に情報を漏らしたと疑われ辛い目にあったかもという心配はありますが、それはこの映画で語られるところではありません。そこまで、何でも説明しなくてもいいと思うんですけどね。

ちなみに音楽を担当したのは、「ジョーズ」以来、長年ほとんどの作品で担当してきたジョン・ウィリアムスが体調不良のため降板し、トマース・ニューマンが初めて起用されています。

いわゆるスパイ・アクション物ではありませんが、現実的なスパイの人間性、そして民間人がスパイではないにもかかわらず奔走する様子を描く作品として上々の仕上がりになっています。