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2021年1月29日金曜日

ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 (2017)

スティーブン・スピルバーグは、2016年7月、「BFG」に続く次回作ととして「レディ・プレイヤー1」の撮影に入りました。数か月後には撮影は終了し、ポスト・プロダクションで多忙な時期、同時進行で急遽別の映画の制作を始めたのです。

2016年12月、第45代合衆国大統領選挙において、共和党のドナルド・トランプがヒラリー・クリントンを破って当選を果たしました。トランプ氏は大統領になる前から、メディアとの対決姿勢を表に出していましたが、当選後、その傾向は顕著となり各メディアの報道を「フェイク・ニュース」と言い切り、自らはSNSを用いた根拠のない主張をするようになりました。

民主党支持者というだけでなく、スピルバーグをはじめとするメディアに携わる人々は、この新しい大統領に対して大いなる危機感を持ったことは想像できます。アメリカ合衆国憲法修正第1条に規定される言論・出版の自由をトランプ氏に突き付けることを、スピルバーグは「今」やらないといけないと思ったのです。

2017年5月に撮影が始まり、11月に映画が完成、その年のクリスマスには公開されるという、早撮りで有名なスピルバーグとしても驚異的な速さで世に送り出しました。

タイトルの「ペンタゴン・ペーパース」とは、アメリカ国防総省の機密文書であり、60年代のアメリカのベトナムへの参戦を中心に、この戦争に対する政策決定の流れを客観的にまとめあげたもので、1971年、ニクソン大統領の元に提出されていました。

そこには、歴代大統領が欺瞞に満ちた理由により、多くの若者を戦地に送り出していた実態が膨大な資料と共に書き綴られていたのです。最初こそ、友好国の南ベトナムを助けるため、共産圏の進出を抑えるためという大義がありましたが、時が経つにつれ自分が敗戦の大統領にはなりたくないということが最大の戦争継続の理由となっていったのです。

執筆者の一人、実際の戦場も視察してきたダニエル・エルズバーグは、この内容を国民にも知らしめることが正義と考え、機密文書をコピーしニューヨーク・タイムズへ提供し、1971年6月13日にこのベトナム戦争の真実をスクープ掲載したのです。

ベトナム戦争の早期撤退を公約に掲げ票を獲得していたニクソン大統領でしたが、実際大統領に就任後の動きは鈍く、この記事により政府批判が高まることを大変恐れました。あわてたニクソンは、国家の機密の漏洩は重大な犯罪だとして、ニューヨーク・タイムスに記事の差し止めを指令します。


そこで登場するのが、この映画の主人公たち、ワシントン・ポストの人々です。ニューヨーク・タイムスに比べて、当時のワシントン・ポストは一地方紙に過ぎない扱いで、社主は女性のキャサリン・グラハムです。ワシントン・ポストは、キャサリンの父が築いたもので、父の死後は夫が社を継承していました。しかし、夫が急死したため1969年に突然会社を受け継いだのです。

ワシントン・ポストも、エルズバーグに接触し機密文書を手に入れ、急遽このスクープの続報を記事にしようとします。ポストの編集主幹、ベン・ブラッドリーは、報道の自由を守るためにも、当初消極的だったキャサリンを説得します。記事を載せることは、差し止められたニューヨーク・タイムスと同罪であり場合によっては投獄される危険がありました。

それまで、社主でありながら、あまり物言えぬキャサリンでしたが、新聞に対する父や夫の信念を思い起こし、GOサインを出すのです。その結果、両新聞社はニクソン政権から訴訟を起こされ、最高裁まで争いますが、判事は「建国の父たちは報道の保護を与え、それは民主主義の基本である。報道が仕えるのは統治者ではなく国民である」として政権の訴えを退けるのでした。

そして、映画ではニクソンが、今後はワシントン・ポストをホワイトハウスから一切締め出すように通達しているシーンにかぶさるように、民主党本部への不法侵入者に警備員が気がつく場面で終了します。いつも余計な後日譚で水を差すスピルバーグですが、これは明らかにニクソンが任期途中での辞任に追い込まれた引き金であるウォーターゲート事件のイントロダクションです。

ペンタゴン・ペーパース漏洩と合わせて、近代アメリカ政治の黒歴史を語る上で絶対に外せないところであり、絶妙なエンディングと言えると思います。スピルバーグは、ニクソンをそのままトランプに置き換えても成立するような作りの中で、トランプ氏の未来を暗示していたのかもしれません。

現実に、トランプ氏は二期目の当選を逃し、大統領の椅子に固執した姿はあまりにも見苦しい。途中辞任はなかったにせよ、アメリカ政治史に大きな汚点を残した議会乱入事件を先導するような結果に終わったことがすべてを物語っているようです。

トランプ氏の仮装をしたりして、批判側の一人だったのが大女優メリル・ストリープ。対してトランプ氏は「過大評価された女優」とやり返したりしていました。ストリープは、おそらく二つ返事でキャサリン役を承諾したのではないでしょうか。

ストリープは、まだ社主として未熟で自信なさげなキャサリンが、記事をのせるという社運を賭ける大決断をするまでの苦悩と共に成長する様子を見事に演じています。この演技で、アカデミー主演女優賞にノミネートされ、21回目というアカデミー最多ノミネート記録になっています。

スクープの匂いに敏感に反応し食いついていく、まさに新聞屋ベン・ブラッドリーはトム・ハンクス。スピルバーグ作品は5回目の登場で、勝手知ったる現場でスムーズな現場進行にも寄与しただろうと思います。

この映画に満足したら、どうしてももう一本見ておくべき映画があります。その話は次回に。