2021年7月27日火曜日

あやつり糸の世界 (1973)

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーは、70年代を代表する西ドイツのニュー・ジャーマン・シネマの映画監督で、特に「マリア・ブラウンの結婚(1979)」はよく知られたタイトルです。映画作家と呼べる独自の世界観を持つ監督にしては多作で、46年間で44本の映画を撮っています。1982年に過剰な薬物接種により37歳の若さで亡くなっています。


1973年に作られたこの映画は、本来はテレビ用に制作されたもので、前編・後編に分かれ3時間半に及ぶ大作。アメリカのSF作家ダニエル・F・ガロイの「模造世界」を原作とし、ファスビンターは脚本にも参加しています。2010年に復元上映され、アッと言う間に「マトリックス」などに先んずる、ヴァーチャルリアリティをテーマにした先駆的なSF映画の名作として認知されました。

政府と緊密なジスキンス所長のサイバネティック未来予測研究所で、新世代のコンピューター、シミュラクロンを開発していました。しかし、研究主任のフォルマー教授は、突然謎の死を遂げます。フレッド・シュティラー博士は教授の後任に迎えられ、ジスキンス所長のパーティに参加。

所長秘書のグロリアに、シミュラクロンの世界は電気回路の中の電気信号にすぎないが、1万のアイデンティテイ・ユニット・・・つまり「人」が普通の生活を送っていると説明します。そこに保安主任のラウゼが現れ、シュティラーにフォルマーの奇妙な最期を話そうとしますが、一瞬目をそらした隙に忽然と姿を消しました。しかし、誰もがラウゼのことを知らないと言い、その後もシュティラーの周囲では不審な出来事が頻発するのです。

シミュラクロンの世界には、フォルマーが設定した唯一自分がバーチャルであることを認識しているアインシュタインと呼ばれるユニットがいます。彼の報告により内部の問題を知ることが可能で、システムを維持しやすくなっています。アインシュタインが自殺未遂者が出たことを報告してきたため、その者のデータを抹消しました。

しかし、シュティラーは不審に思い、再びシミュラクロンの世界に同期しアインシュタインに会います。自殺未遂したのは自分の正体に気が付いたためで、アインシュタインも上の世界に連れて行ってくれと言いだします。シュティラーはそれは無理と言い、一人で戻る直前にラウゼとそっくりなユニットを目撃するのでした。調べると、シミュラクロンの世界にラウゼというユニットが存在していました。

技師のフリッツが同期したことで入れ替わりにアインシュタインは上の世界やってきて、シュティラーにさらに上に行くと言います。アインシュタインは、この世界もコンピュータの中のシミュレーションに過ぎないと言うのでした。シュティラーはアインシュタインのような連絡係のユニットがいるはずと考えます。

しかし、このようなシュティラーの言動や行動は、密かに私企業と結託して富を築こうとしているジスキンス所長に疎まれ、ついに狂人として解任され警察からも追われることになる。そして、ついに連絡個体にたどり着きますが、その正体は・・・

確かにSF映画ですが、特撮といえるほどのものはほぼ皆無。多少当時としてはモダンな建物や小道具を用いているくらいで、近未来的なのはシミュラクロンの世界に同期するためのヘルメットくらいです。

しかし、反射する鏡や透過するガラスを利用した撮影、あるいは物越しに人物を配置したり遠近に極端に動くカメラ・ワークなどにより非現実世界的な雰囲気をうまく出すことに成功している。鏡に映ったものは虚像であり、ガラス越しに見えるものは修飾された像なのです。

現実世界で、コンピュータ上にバーチャルな空間を構築し、その中にそれとは知らずに生活している人々がいるのは、まさに「マトリックス」の世界。ここでは、さらにその世界の人々が、さらにシミュラクロンの世界を作ったことで、二重の仮想現実を実現したところがポイントです。

まだまだコンピュータが、一般にはほとんど知られていない時代にそこまで話を作り上げたことに驚かされます。アイデンティテイ・ユニットに一定の刺激を加えることで起こる事象を、現実世界の危機管理に利用するという考え方は大変興味深いところです。およそ50年前の映画でにもかかわらず、現代社会でも近未来的な面白さを予見したところはすごいと思います。

なお、1999年に同じ原作を用いた「13F」が監督ジョセフ・ラスナックで作られていますが、制作に回ったローランド・エメリッヒは、ファスビンダーを越えられなかったと語っているようです。