1984年3月江崎グリコ社長が誘拐され身代金を要求されたものの、3日後に社長が自力で脱出しました。4月になって、江崎グリコに脅迫状が届き、犯人は「かい人21面相」と名乗りました。マスコミにも「売られている菓子に毒物を混入した」とするマスコミへの挑戦状が送られてきました。9月からは森永製菓に脅迫状が届き、その他の企業にも及びます。
10月には実際に青酸ソーダ混入の菓子が相次いで市中から発見され、これらの騒ぎは翌年まで続きますが、何度かチャンスがあったものの犯人を逮捕できなかった滋賀県警本部長が自殺するにおよび、1985年8月に犯人から終息宣言が出されました。すべての刑事・民事事案は2000年に時効となっています。死者も出ず、金銭的被害も出ませんでしたが、初めての「劇場型犯罪」と呼ばれています。
新聞記者だった塩田武士は、この事件を徹底的に調査し、犯人こそフィクションですが、現実の事件に沿った形の小説を2016年に発表しました。これを原作とし、監督・土井裕泰、脚本・野木亜紀子で映画化したのがこの作品で、初共演の小栗旬と星野源のW主演となりました。
2018年、京都で洋服の仕立て屋を営む曽根俊也(星野源)は、たまたま見つけた父親の遺品に英語で書かれた手帳とカセットテープを見つけます。手帳に製菓会社である「ギンガ」と「萬堂」と書かれているのを見つけた俊也は、インターネットで検索すると35年前の「くら魔天狗」と名乗る犯人による連続企業脅迫が行われた「ギン萬事件」に行き当たり、犯人が脅迫に使ったとされるこどもの音声と同じものがカセット・テープに収録されていることに愕然とし、そしてその声は自分の子供の時の声だと確信するのです。
その頃、大日新聞大阪本社の記者、阿久津英士(小栗旬)はギン萬事件の特集記事の取材を始めていました。事件の直前に似たような誘拐事件がロンドンで発生していることを知りイギリスに渡りますが、特に目新しい情報はありませんでした。また、株に詳しい人を取材し、犯人の本当の目的は株価を操作して儲けることだった可能性を指摘されます。
俊也は父を古くから知る人物から、手帳の文字は消息不明となっている父の弟、曽根達雄が書いたものではないと教えられます。俊也の祖父はギンガの社員でしたが、当時の学生運動のウチゲバ事件の巻き沿いで殺されたのです。しかし、ギンガの対応に恨みを持った達雄は、次第に過激派に傾倒し行方をくらましたのでした。また達雄は事件前に、事件で脅迫された企業の株の状況を調べていたのです。
俊也は、達雄の足取りをたどっていくと、達雄の友人の生島が事件の最中に家族ごと消えたことが判明します。生島には娘と息子がいて、残されている脅迫電話の音声の残りの二つの声の主の可能性が出てきました。その頃、阿久津は犯人らしき人物の足取りを追い、次第に犯行グループの実態が少しずつ判明してくるのです。そして、俊也が同じように事件を調べていることに気がつきます。
阿久津は駿也の店を訪ねますが、俊也は話すことは無いと言い、今更公にして私たちの生活を壊すことに、どんな意義があるのかと問いただします。奥津はそれに答えることはできず、一度おとなしく帰るのでした。しかし、俊也は生島の娘のかつての同級生から生島が殺されたため逃げたらしいことを教えられ、彼女も声を利用されたが、今では俊也のように幸せに暮らしているかもしれないと望みが持てたと言われるのです。
俊也は家族にすべてを話し、阿久津に連絡を取ります。二人は、分かった情報を持ち寄り、事件の解明に向かって協力することにしました。そして声を使われたこどもたちがどうなったのか、その後の人生の足取りを追いかけるのでした。
この映画のポイントは、事件そのものを解明することよりも、犯罪に使われた声のこどものその後の人生にどんな影響があったのかに焦点を当てているところ。犯罪が被害者・加害者だけでなく、家族やその周囲の人々にも大きな影響を与え、その人生そのものを変えてしまうのだということを明らかにしています。
ものすごく重たいテーマに挑戦したもので、もちろんこれが真実かどうかはわかりませんが、十分すぎる説得力を持った内容になっており、脚本は日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞しました。一見、ばらばらに動いている俊也と阿久津の線が次第に近づいていくところは、さすがという感じです。
また脇役がすごい。俊也の妻は市川実日子、母は梶芽衣子、父の同僚に日野正平、曽根達也は宇崎竜童。他にも松重豊、橋本じゅん、桜木健一、浅茅陽子、佐藤蛾次郎、正司照枝、宮下順子などなどで、ちょい役でも手を抜いていません。