2026年9月19日土曜日

高地 (Highlands)


ボブ・ディランは、不調の時期は自作曲は少ないし、作っても長い歌詞を考えることはほぼありませんでした。1997年リリース「Time out of Mind」は、長く続いたスランプから抜け出たことを宣言したようなアルバムでしたが、アルバムの最後に置かれたのが「Highlands」でした。

長さは16分31秒で、ディラン史上第2位の長さです。抑揚の少ないシンプルなブルース・コードにのせて、ひたすら語るように歌い続けられます。


僕の心があるのは優美なハイランド 森にはスイカズラ
アバディーンの小川の岸にはブルーベルが咲く
その気になったら行くつもりだ

夢で夜通し窓が音をたてた すべては見たままだ
朝、目覚めると、いつもの古いページを見つめる
それはいつもの永遠の競争であり、いつもの束縛された生活

欲しいものは無いし奪いたいものも無い
ブロンドと偽物の違いはわからない 謎だらけの囚人の気分
誰か時計の針を戻してくれないか

旅をしていてもあの場所を忘れられない 「家」に着いたらそこにいる
風がリズムに乗ってトチノキに呟く 心はハイランドにある
一歩ずつ向かっていこう

大きな音でニール・ヤングを聴く 誰かがうるさいと怒鳴る
次の場面からその次へと漂うような気分だ
これは一体どうしたことかと考えてしまう

狂気が魂を揺さぶり 君は僕がまともじゃないと言うだろう
良心があったらおかしくなっていた どうすればいいんだ
たぶん質屋にでも預けるしかないな

僕の心があるのは夜明けのハイランド 美しい湖には黒鳥
大きな雲は揺れる荷車みたいだ 心はハイランドにある
行き先はそこしかない

ボストンのレストランで どうしたいのかわからないでいた
わかっているのかもしれないけれど確信がない
店にはウエイトレスと僕しかいない

誰もいないのは祝日のせい 僕が座ると彼女がやってきた
彼女は可愛くてスタイルが良く、注文は? と聞いてきた
うーん、半熟卵あるかな、と僕は言った

お持ちしたいけど売り切れ、来るのが遅かったわ、と彼女
あなたは絵描きでしょう 私を描いてとも言った
でも、僕は想像だけで描くことはできないんだ

あら、私はあなたの目の前にいるのよ 悪いけどスケッチブックが無い
彼女はナプキンを取り出して、じゃあ、これになら描けるわねと言う
悪いけど鉛筆が無いんだ

彼女は耳に引っかけていた鉛筆を取り出した さあ描いてみて
いくつか線を描いてから彼女に渡したが投げ返してきた
これ全然私に似てないじゃないの

お嬢さん、これは間違いなく君なんだ
冗談はやめて あなたは女性作家の本なんて読まないのね
なんでわかるんだい それとこれとは関係はないさ

あなたは読書家にはみえないわ 何か読んだことがあるの
エリカ・ジョングなら読んだよ、と言ったら彼女は行ってしまった
店から出たが、誰もどこへも行こうとしていなかった

僕の心があるのは馬や猟犬と共にハイランド
町から離れた国境より遠い 矢が放たれる音と弓が弾ける音がする
そこへ行く道はひとつしかない

毎日同じことばかり かつてないほど遠くなった気がする
人生には学ぶには遅すぎることがある 僕は道に迷ったらしい
何度か角を間違って曲がったのだろう

苦悩を忘れた人々が公園にいる 彼らは派手な服を着て飲み歌っている
魅力的な女性を連れた若い男たちだ 彼らと入れ替わりたい
できるものなら今すぐに

自分で独り言を言いながら 野犬を避けて通りを横切る
今の自分には革でできたロング・コートが必要だ
誰かが有権者登録したか聞いてきた

太陽が昇ってきて僕を照らす でもいつもとは何か違う
楽しい時間は過ぎ去り話したいことも無くなった
見直すとすべてがはるか遠くになってしまった

僕の心があるのは夜明けのハイランド あの丘の遥か向こう
たどり着く道はいつか必ず見つけることができるだろう
でもすでに心の中にあるから、今は満足している

(意訳 : 亜沙郎)


この歌詞で繰り返される「私の心はハイランドにある (My heart's in the Highlands...)というフレーズは、18世紀後半のスコットランドの国民的詩人ロバート・バーンズ(Robert Burns)の有名な詩「My Heart's in the Highlands」をモチーフとして引用されています。37歳で早世したバーンズの原詩は、故郷の高地(highland)への郷愁を、理想郷として謳ったものとされています。

アバディーンは、スコットランド北東部の地名。そもそもスコットランド北部は、一般にハイランド地方と呼ばれています。ニール・ヤングは、言わずと知れたフォーク・ロック歌手。エリカ・ジョングはディランと同世代の作家で、処女作「飛ぶのが怖い」が有名です。スイカズラ、ブルーベル、トチノキはいずれも、比較的気温が低い地域の森を作る植物です。

自分の不満だらけの今の生活から抜け出したいわけですが、おそらくレストランに入って妄想の世界に引き込まれてしまったようです。店から出ると「誰もどこへも行こうとしない」、つまり夢みたいなハイランドにこだわっているのは自分だけということ。そして夜明けとともに夢は消え、現実を受け入れるしかないことに気が付くのです。

とにかく長い。さすがにディランもライブで披露するときは、歌詞が抜けたり忘れたりしてその場で「作詞」したりと苦労したようです。内容的には、ディラン自身の境遇が重なっているように思えますが、理想的な生活(心のハイランド)を目指したいが、なかなかたどり着けない男のストーリーとゆったりしたブルースが見事にはまっています。

ディランの別バージョンは、「The Bootleg Series Vol.17」に同曲のスタジオ・アウトテイクとライブでの演奏が収録されています。また、これだけ長い曲にもかかわらずギタリストのスティーブン・マイケル、ノルウェー語に翻訳したアルヴェ=グンナー・ヘロイ、ポーランド語に翻訳したdylan .plの3組のアーティストによるカバーがあります。