今年のアカデミー賞で、外国映画であるにも関わらず5部門にノミネートされ、特に主演女優賞では史上最高齢ということが話題になった作品。フランス、オーストリア、ドイツの共同制作で、監督はミヒャエル・ハネケ。
アカデミー賞は残念ながら外国語映画賞だけの受賞でしたが、ハネケ監督は、この作品で2年連続のカンヌのパルムドールを受賞しました。
ストーリーは大変シンプル。パリに居住する音楽家の老夫婦、ジョルジュとアンヌ。アンヌは脳血管障害のために片麻痺となってしまい、ジョルジョは老老介護を始めます。しかし、病状はしだいに悪化し、アンヌは寝たきりで認知症が進行し、ジョルジョの苦悩が深まっていく。
映画では、老人の動きに合わせて、ゆっくりしたカメラワークで、全体にゆったりと丹念に話を追っていきます。普通の日常の中でありふれた、ストーリーとは一見無関係な会話も織り交ぜられ、日常から非日常へと変わっていく様子を描いていくのです。
妻の異変 ~ 介護生活 ~ 病状悪化 ~ 結末(ネタバレになるので書きません)と言う具合に、起承転結はあるのですが、ドラマチックに展開していくわけではなく、あえて抑えに抑えた演出により、より現実味が強調されているように思います。
それを「盛り上がりに欠ける」と感じる人もいるでしょぅが、映画としての価値を十二分に高める事に成功していると思います。もし、アメリカ映画だったら、同じ原作でより涙を誘うようなメロドラマを作るでしょうが、それと同時に「作り話」という印象も強くするでしょう。
ただし、テーマは老老介護の深刻な問題ではなく、年を取ってからの夫婦の絆 - 愛のかたちの一つを取り上げたものだと思います。伴侶が寝たきりになる事を、「長い間一緒にやってきたことに、ちょっとだけ新しいことが加わっただけ」と言わせながらも、そのちょっとの事が起こした波紋の大きさが痛切に迫ってきます。
一番の驚きは主演のエマニュエル・リヴァの演技です。実際に85歳という年齢で、しだいに自分を失って行く過程を熱演しており、医者の目から見てもそのリアルな演技に驚きを隠せません。
最初は大変エレガントな老女で、夫からも「今夜の君はきれいだよ」と言われても、何の違和感もありません。ところが、寝たきりになって行くと顔つきも変わってきて、本当にただの認知症のお年寄りに変貌していきます。
鬼気迫る演技とは、まさにこういうものではないでしょぅか。アカデミー賞はアメリカの賞であるので、主演女優賞にノミネートしただけでも褒めるべきかもしれません。ただ、話題が史上最高齢対史上最年少の対決みたいなところに持っていったメディアには一言いいたい。これだけの完成された演技と、(たまたまの)こどもの演技を比較することは老女優に対して失礼すぎる。
おまけとして、クラシック音楽ファンとしては、全編に使用されるのがアレッサンドロ・タローの弾くピアノで、特に最初のシューベルトの即興曲など楽しみが一杯。さらに、本人もそのままの焼く命で登場というところは注目です。
実質的にアカデミーの作品賞、主演女優賞を与えるにふさわしい作品はこれだと、とにかく一押ししたくなる映画でした。
★★★★★