森村誠一の代表作であり、人間・青春・野生という証明三部作として、「犬神家の一族」でスタートした角川映画の認知度を決定づけた作品と言えます。
日本の推理小説は、耽美的な世界を中心に描く江戸川乱歩や横溝正史によって人気を作ってきました。それらは、ある意味あり得ない世界のファンタジーとでもいうような色彩が漂うものです。
それに対して松本清張らの社会派推理小説が台頭してきて、社会の問題に根付いたリアルな犯罪をテーマにして、より人間性を浮き彫りにすることにテーマを置いたものが人気になってきました。
森村誠一は、そういった社会派の第2世代の推理作家であり、この「人間の証明」の映画のヒットにより、日本中に知れ渡りました。角川春樹のマルチメディア戦略は、今でこそ当たり前ですが、当時としては画期的な商法でした。
アウトロー的なロック歌手だったジョー山中、「太陽にほえろ」で人気が爆発した松田優作、「大空港」シリーズで知られたジョージ・ケネディらの出演も相当に話題になり、大ヒットしたものです。
実は、自分はこの映画自体ははそれほど好きではない。正直、お涙頂戴的なメロドラマ的犯罪ドラマであり、推理小説と呼ぶにはいかがなものかと、リアルタイムでも思っていました。
ただ、物語のモチーフとして用いられた西条八十の「ぼくの帽子」という詩については、とても記憶に残るインパクトがあったのです。
もう今から100年ほど前の作品ですが、この詩の存在を教えてくれたことだけで、「人間の証明」は忘れられない作品となり、森村誠一には感謝する部分があったりするのです。
母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?
ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。
あれはいつだったか、たぶん小学生の低学年。家族で箱根に旅行に行きました。夏のことで、母は日差しを避けるために、白い大きめのつば、たぶん麻みたいな通気の良い帽子をかぶっていました。
芦ノ湖の遊覧船乗り場だったと思いますが、柵の上にちょこんと帽子を置いていたときに、たまたま自分が帽子に触ってしまい、帽子が湖の中に落ちていったのです。
白い帽子が、水紋に揺れてだんだん沈んでいく様子が見えました。少しずつ白い色が見えなくなっていくのに、どうすることも出来なかったんです。
母さん、母さんのあの帽子どうしたでせうね?
☆☆☆★★