2025年3月23日日曜日

クラシック音楽の聴き方 2025


ずいぶん昔に、「クラシック音楽の聴き方」というタイトルで書いているんですが、久しぶりに「今」はどうしているのかという話をしてみたい思います。

クラシック音楽は小学生の時からけっこう聴いていて、ロック、ポップス、歌謡曲、時には演歌もコンスタントに聴き続けています。大人になってからはジャズが中心になり、クラシックはしばらく忘れていました。その理由は、誰が演奏しても同じと思ったから。

ところが、グレン・グールドのピアノを聴いて、同じ楽譜でも演奏者の解釈の仕方によってこんなにも違う音楽になるんだということがわかってからは、どんどんクラシックが面白くなりました。

最初は器楽曲、あるいは小編成の室内楽曲を好んで聞いていましたが、カラヤンの重量級のオーケストラの音が苦手で交響曲は敬遠していました。ところがJ.E.ガーディナーの古楽オーケストラによってオーケストラに覚醒してからは、交響曲もすごく楽しめるようになりました。

J.E.ガーディナーによるもう一つの恩恵は声楽。古楽では多くが声楽が付き物の宗教曲なので、一緒に聞いているうちにクラシックの歌手に対する偏見みたいなものも無くなったわけです。その勢いでオペラも制覇しようと思ったのですが、実はこれだけは何度挑戦してもダメ。好きになった歌手が主役でも、どうしてもピンと来ないので、もうなかばあきらめています。

そんなこんなで、オペラを除いてほぼクラシック音楽の全ジャンルを聞き倒してしまうと、あらためてクラシックが有限資産であることを切実に感じます。つまり過去の有名な作曲家の残した偉大な遺産であって、いくら演奏者によって違ってくるとは言っても、ベートーヴェンの交響曲なら9曲、ピアノ・ソナタなら32曲で終わりという具合にそれ以上の新曲は無いということ。

さすがに演奏者による違いを楽しむとしても、3~4種類くらい聞けば十分で、なんでもかんでも全部を集めるなんて所詮、経済的にも、時間的にも、そして空間的にも無理と言うものです。ですから、もう何年か前から急激にクラシックのCD購入意欲が落ちてしまいました。

また、それに合わすかのように音楽産業の環境がCDという物理媒体からストリーミングに移行して、CDの発売数そのものが減ってしまい、安く全部そろうボックス物の発売も急激に減少しています。これはクラシック好きにはけっこう痛いところで、例えばバッハのカンタータ全集はボックスなら数万円ですが、バラでそろえるとなると数十万円かかってしまうかもしれません。

ただ、今年になって新しい楽しみ方が見つかりました。今まではすでに亡くなった大家の作曲家の作品をすでに名声が確立した巨匠による演奏で聞いていたわけですが、YouTubeには日本の若手の瑞々しい演奏の映像がたくさん転がっていることを知りました。

まだまだ未完成の演奏家に金と時間を使うのはもったいない・・・と思っていたわけでは無いのですが、いやいや若い人も若いからこそできる実に新鮮な感覚の音楽を演奏していることに気がつきました。これはすでに巨匠になった演奏家にはできない芸当だと思いますし、そもそも「楽譜通り」に縛られない自由な発想は若者の特権かもしれません。

巨匠の演奏は「デフォルト」として一定の評価が確立していますが、必ずしもそれが正解とは言えません。芸術は主観的なものですから、時代や社会的な背景によって評価はいくらで変化してかまいません。また若い演奏家は、成長していく過程でその演奏もどんどん変わっていくかもしれないというのも魅力です。

自分の感性にマッチする若手を見つけたら、その人を追いかけてみる、CDがあれば聞いてみるというのは、今後のクラシック音楽の勢いを減らさないためにも意味のある楽しみ方かなと思います。