2021年1月19日火曜日

戦火の馬 (2011)

スティーブン・スピルバーグが、初めて第1次世界大戦を取り上げた作品ですが、スピルバーグ作品としては比較的レヴューがされていないので、ちょっと見るのがためらわれた・・・ですが、やられた感じ。いや、やっぱり動物を主人公にするのはずるい。感動するしかない映画です。

原作は児童文学家のマイケル・モーパーゴが1982年に発表した物で、2007年に舞台化されたものを、プロデューサーとしてスピルバーグの長年二人三脚をしてきたキャスリーン・ケネディが観劇し、映画化を勧めました。

舞台では当然人形の馬が登場していたわけですが、ここでは本物の馬(なんだかんだで十数頭使われた)が、雄大な牧歌的な自然の中から、戦場に駆り出され、たくさんの人々の手を経て元の飼い主のもとに戻るまでを演じるのです。

一見馬が主役のようですが、このジョーイと名付けられた馬に関わるそれぞれの人々が、その時々の主役であり、馬を通して戦争の敵味方、そして戦争の犠牲になる民間人などが繋がっていくところが素晴らしい。それらは、すでに戯曲の時点で大筋が出来ているわけですが、スピルバーグは、比較的短期間の間にリアルな映像として仕上げてしまいました。

冒頭、20世紀初頭、イギリスの田舎、広大な田園風景からしだいに寄っていくところは、「サウンド・オブ・ミュージック」を思い起こします。近くの牧場で生まれた仔馬が、町で競りに出され、貧しい農家を営むテッドは、地主と競り合い農耕馬向けではないサラブレッドを連れて帰ります。

息子のアルバート(ジェレミー・アーヴァイン)は、馬をジョーイと名付け、一手に世話をして農耕馬にも負けない仕事ができるほどに調教します。しかし、イギリスとドイツが開戦したため、金が無い父親はジョーイを軍用馬として売ってしまいました。

ニコルズ大尉の元で、ジョーイは抜群の走破能力を開花させ、フランスで騎馬隊として初の実戦に臨みますがニコルズは戦死、ジョーイと盟友トップソーンは殺されるところを若いシュレーダー兄弟の提案でドイツ軍の傷痍兵輸送馬車をさせられるのです。

兄は馬の世話、弟は前線に向かわされることになり、弟を守るという母との約束のために兄は弟を連れ出しジョーイとともに脱走しますが、風車小屋に隠れているところを軍に発見され、二人は銃殺されてしまうのでした。

馬を発見した少女エミリーは、ジャム作りで生計を立て祖父と二人暮らし。両親は戦争で亡くなっていて、最初は馬を飼うことを反対した祖父もエミリーの熱心さに負け、母親が使っていた鞍を与えます。しかし、ドイツ軍に見つかり「戦争は皆から大切なものを奪う物さ」と言われ、大砲を引く馬として取り上げられてしまいます。

次に二頭の世話をするのはドイツ兵のフリードリヒで、二頭が名馬で大砲を引くような過酷な仕事には向かないことを知っていました。しだいに弱っていくトップソーンをかばうジョーイでしたが、ついにトップソーンは倒れます。敵の戦車が向かって来る中で、フリードリヒは「何とか逃げてくれ」とジョーイを放つのでした。ジョーイは戦場の中を突っ走りますが、有刺鉄線がからだに絡まってついに動けなくなります。

その姿を発見したのは、お互いの塹壕の中からにらみ合っていたイギリス軍とドイツ軍でした。双方から、コリンとペーターが中央のジョーイのところに行き、協力して助けます。コイントスで、コリンがジョーイを連れていくことになり、二人は握手をしてそれぞれの陣地に戻るのです。

コリンは自軍の基地にジョーイを連れて帰ると、戦火の中を生き延びた馬の話は瞬く間に噂になっていました。ケガをしているジョーイは殺されることになってしまいますが、出征していたアルバートと奇跡的な再会を果たすのです。

終戦によりジョーイは競売に出されるのですが、仲間たちが金を工面しアルバートを応援します。しかし、大金で競り落としたのは、エミリーの祖父。死んだ孫娘のためでしたが、ジョーイの素振りからアルバートが本当の飼い主と理解し、ジョーイをアルバートに渡すのです。アルバートとジョーイは、連れ立ってついに故郷に帰ることができるのでした。

夕日の中、農場に戻ってくる様子は「シェーン」の逆バージョンのようです。そういうスピルバーグの名作映画に対するオマージュのようなところも垣間見えますが、全編を通して、美しい田園と狂気の戦場の対比が素晴らしい。戦争の中では、両者が隣り合わせであることが伝わります。

「プライベート・ライアン」では人が死んでいくことを、リアルな戦場の残酷さの中に描き切ったスピルバーグですが、この映画でもCGなどに頼らない描写は冴えています。ただし、今回は、あくまでも人や馬がいかにして生き延びるかという視点からの演出です。ジョーイに関わった人々は、現在の不幸を一時忘れて、同様に生きることを考えるようになるのです。馬からみれば、敵味方は無く、民間人も関係ない、すべてがただの人間に過ぎないということ。

2012年のアカデミー賞では6部門でノミネートされましたが、この年は現代に蘇ったサイレント映画「アーティスト」にさらわれてしまい、無冠で終わっています。しかし、この映画よりも先に企画がスタートしていた次作「リンカーン」で雪辱を晴らすのです。