クリニックの夏季臨時休診のお知らせ
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2021年5月12日水曜日

ハクソーリッジ (2016)

1945年2月から3月にかけて、死傷者の数では太平洋戦争最大の激戦となった硫黄島を制圧したアメリカ軍は、いよいよ直接日本本土への爆撃も容易になり、休む間もなく沖縄を目指します。

沖縄を防衛する日本軍は、兵員11万人と言われていますが、その多くは急いで臨時招集した沖縄の市民たちでした。実質的に兵士として訓練を受けた兵員はわずかに数千名で、中にはひめゆり学徒隊のような女学生の集団もいたのです。

それでも、3月26日に慶良間諸島上陸から始まった戦いで、4月1日には中央西の渡具知海岸から本島に進軍します。まずは、島北部は4月20日までに制圧されますが、南部は巧妙な防衛作戦と陣地の構築により、アメリカ軍を苦しめ簡単には攻略させませんでした。4月7日には、海上特攻作戦として沖縄に向けて出陣した戦艦大和が、鹿児島県坊ノ岬沖で撃沈されます。

アメリカの圧倒的な物量の前には、日本軍は各所で防衛線を破られ、4月9日、首里城が陥落し、5月12日にアメリカ軍は那覇に到達します。しかし、残存日本兵による散発的な抵抗が続き、最終的に沖縄戦が終結するのは6月半ばのことでした。実は、その後も日本降伏後も小規模な抵抗が続き、完全に戦闘が無くなったのは9月に入ってからだったのです。

この映画は、単なる戦争映画ではありません。一人の信念を貫いた男のヒューマン・ドラマであり、戦争はあくまでもバックボーンにすぎない。監督はメル・ギブソン。主人公の英雄的な行動を、嫌味なくしっかりと描き出したところはさすがです。そこには、フィクションではない、本物の説得力のある実話があるからできたのだろうと思います。

前半は、主人公デスモンド‣ドス(アンドリュー・ガーフィールド)が、「良心的兵役拒否者」として衛生兵になるまで。後半は、沖縄戦の中でも熾烈な戦いとなった「前田高地」、アメリカ軍の通称ハクソーリッジでのドスの奮闘を描きます。

デスモンドと弟のハルは、敬虔なクリスチャンで、第一次世界大戦に従軍して人が変わってしまった父親(ヒューゴ・ウィーヴィング・・・あのマトリックスの!)が、酔った勢いで母親に銃を向けたのを止める際に、父親に銃口を向けてしまいました。以来、絶対に銃を手にしないと心に決めるのです。

しかし、第二次世界大戦で弟も出征し、自分も何かしなければならないと感じ、恋人ドロシー(テリーサ・パーマー)との結婚が控えているにも関わらず軍に志願します。しかし、他の訓練では優秀なのに銃だけは絶対に触れることがない。デスモンドは「自分は殺すのではなく、仲間を助けたい」と訴えます。仲間からも変人扱いされ、銃を持てという上官の命令に背いたことから軍法会議にかけられる。

ドロシーに銃を持たないのはプライドのせいと指摘されますが、そのプライドを簡単に変えるような男じゃないからこそドロシーは結婚を承諾したのです。父親の尽力もあり、良心的兵役拒否者も、また銃をもたない権利も認められ、晴れて衛生兵として出陣するのです。

そこは日本兵が必死に守りを固める沖縄でした。何度も攻撃をかけても、なかなか落とせない難攻不落の要塞がありました。デスモンドの隊も、崖を上ってみると地下壕を使ってどこからともなく表れる日本兵にてこずります。仲間がどんどん倒れていく中で、一時退却せざるを得ない状況でした。

しかし、デスモンドは一人崖の上に残って、負傷した兵を次々と崖から降ろすのです。「あと一人、あと一人助けさせてください」と言いながら、何人もの負傷者を救助し、日本兵に追い詰められて何とか飛び降りるように戻ることができました。グローヴァー大尉は、デスモンドに率直に誤解していたことを謝罪し、君無しではもう一度崖を上ることができないと言います。

再び、地獄のような戦闘か行われ、投降したと見せかけた日本兵の自爆攻撃によってデスモンドは重傷を負いますが、アメリカ軍はついにハクソーリッジを落とすことに成功します。帰還したデスモンドは、良心的兵役拒否者としては異例の名誉勲章が授与されました。そして、映画はデスモンド本人、弟のハル、グローヴァー大尉らの実際のインタヴューが流れて終了します。

戦闘シーンの撮影は、主としてオーストラリアで行われ、「プライベート・ライアン」を上まりそうなリアルさがあります。正直、目を覆いたくなるようなシーンの連続ですが(特に日本人にとっては)、戦場の恐怖や残忍さが際立つだけにデスモンドの献身的な救援行動の素晴らしさが自然と伝わってくるのです。

人を殺すことが当たり前に許される戦場において、人を助けるために出陣するという矛盾した行為は、大多数の中のたった一人だから成立するのですが、そのたった一人が大多数に与えた勇気は人一人を殺すことよりはるかに大きかったということ。それを認めることができたアメリカ軍の前では、日本軍は勝てるわけがないのかもしれません。