シューベルトの音楽というと、普通は歌曲が有名でして、クラシックの歌物にはとんと興味が無い自分としては、無縁の存在・・・でした。が、しかし、天才メロディメーカーとしての才能は、当然歌物だけに止まるわけも無い。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタは、当然クラシック・ピアノを弾く人にとっても、聴くだけの人にとっても大きな山脈で、登っても登っても頂上に到達しないような偉大な存在です。しかし、あえて怒られるようなことを言うなら、それは器楽曲としての楽しさかもしれません。
シューベルトのピアノ・ソナタは・・・ちょっと違う。非常に曲想が柔軟で、ドガ~ンというインパクトは少ないのですが、実に少しずつ美しいメロディがしみこんでくるような感じなのです。
とにかく、曲を書き出しては途中で放棄してしまうことが多い作曲家ですから、ピアノ・ソナタも第21番まであるものの、実際に完成していると考えられているものはその半分くらい。4楽章構成の形なのに3楽章までしかないものや、楽章の途中でぱったり止まってしまっているものもあったりします。
ところが、その中途半端な楽譜に残された音符の並びが美しく、そのまま捨てるには忍びないものが多い。そこで、演奏者はそこに何とか音符を追加して曲として完成させて演奏することも少なくない。そこがまた、演奏者の感性が如実に現れてくるわけですから、聴いていて楽しさが膨らんでくるわけです。
内田光子は、世界的に活躍する日本人の一人。モーツァルトのソナタや協奏曲の全曲演奏で有名になったわけですが、1996年から2001年までかけてシューベルトのソナタ集を録音し、シューベルト弾きと言われるピアニストの地位を確立しました。
「死ぬ時にはシューベルトを弾いていたい」と言うほどの思いをもって、自分のピアノをシューベルト録音のために調整し、スタジオに運び入れるという力の入れようです。
そのかわり、と言ってはなんですが、かなり感情のこもった演奏で、ついでに聴くには向いていません。まさに内田がシューベルトを飲み込んで、ピアノとガチンコ勝負をしているような演奏で、続けて聴くとけっこうな疲労感を覚えます。
日本人女性ピアニストには、もう一人シューベルト弾きと呼べる方がいます。それが田部京子で、ロマン派を得意とし詩情あふれるピアノ演奏に定評があります。田部のシューベルトは1993年から2002年に録音されたもので、内田のものとほぼ同時期の録音。
田部のシューベルトは、ある意味女性らしさを感じる演奏です。シューベルトへの敬愛の気持ちを持って、包み込むような優しさを感じることができるものです。
シューベルトの演奏としては、対極に存在するような演奏を日本人の二人の女性ピアニストが実現しているというのが面白い。どちらも、それぞれが素晴らしいもので、ぜひとも両方を聞き比べてもらいたいと思うわけです。