2017年10月14日土曜日

土偶と埴輪 ~ 記紀探訪事始


土偶と埴輪、どちらも土の焼き物。何となく違うという雰囲気はあるものの、ほとんど昔々の文化物の一つという共通のくくりで一緒くたにしていました。

実際のところ、時代も違うし、目的も違う。

・・・知らなかったぁ。

土偶は縄文時代・・・というと紀元前4世紀くらいまでですから、だいたい2500年以上は昔のもの。

女性を表したものが多く、ボン・キュ・ボンを強調した形状をしていることが多い。発掘されたもののほとんどが、手足が折れていたりして、中には明らかに故意に壊したと見受けられるものがある。

つまり、病気やケガの場所を治すため、安全な出産を祈るため、あるいは何か悪しきものを取り払うための儀式的な用途と考えられています。

有名なのは、ちょっとグロテスクな感じで宇宙人ではないかと言われていたりします。

縄文時代の後は、邪馬台国で有名な卑弥呼が登場する弥生時代。

埴輪は、縄文・弥生時代が終わった古墳時代、つまり3世紀から7世紀の期間に登場します。

この時代は大陸との交流が活発化し、国土を統一するヤマト王権が成立したと考えられ、日本中に前方後円墳を代表とする墓制が広まっていきました。

古墳の周辺に並べられて、死者の権威を象徴したり、葬儀の模様を表したりするのが埴輪です。

元祖ゆるキャラと言いたくなるユーモラスな人の形状が代表ですが、たたの円筒形のもの、あるいは動物を象ったものもあります。「大魔神」もここから始まる。

この頃までは、ちゃんとした記録というものは無いわけで、謎が謎を呼ぶところ。ヤマト王権が拡大し朝廷と呼べる統一国家を形成するのが次の飛鳥時代。

その末期に作られたのが、歴史の伝聞(神話・伝説)の集大成である古事記で、日本の歴史はここから始まるわけですね。

ふーん、そうだったのか。中学生の頃に聞いたことだと思うのですが、何十年ぶりかで認識しました。

う~む。これは、ちよっと勉強しなおさないといけませんね。