2026年9月22日火曜日

最も卑劣な殺人 (Murder Most Foul)


2012年の「Tempest」以来、8年ぶりのボブ・ディランのオリジナル新作が、2020年リリースの「Rough and Rowdy Ways」です。

その中で、きわめて異彩を放ったのがこの曲で、そもそも長さが16分54秒で、「Highlands」の16分31秒を抜いてディラン史上最長です。また、アルバムは全10曲収録ですが、この曲だけが2枚目のCDに単独で収録されるという特別な扱いをされています。



1963年11月、ダラスの悪名高く記憶に残る暗い日だった
ケネディ大統領は絶好調で、生きるにも死ぬにも良い日だった
彼は生贄の子羊のように導かれ、「待て、私を知っているのか」と聞く
「もちろん。あなたが誰か知っています」それから奴らは白昼堂々、
車に乗っていた彼の頭を犬でも扱うように吹っ飛ばしたのだ
タイミングが重要だった そしてそれは最適だった

貸しを返してもらうため、憎いから、軽蔑をもって殺させてもらった
あなたを嘲笑い、ショックを与え突きつけるために
代わりの人はすでに決まっているんですよ

王の脳が吹き飛ぶのを大勢の人が見ていたが誰もわからなかった
目の前で起こったことが驚くほど素早かったから
太陽の下での最高の魔術のように完璧だった
狼男が、狼男が、狼男が吠えている そいつは最も卑劣な殺人だ

静かに、いい子だから いつかわかるよ
ビートルズがやって来て「抱きしめたい」 手すりを滑り降りてコートを手にする
「マージー河のフェリーボート」で虜になる 浮浪者が三人やって来る
みんなボロを着ている 後始末したら降伏しよう

ウッドストックに行こう 今はアクエリアスの時代
オルタモントまで行ってステージの近くに陣取ろう さあ一緒に楽しもう
グラッシー・ノールの後ろでパーティ レンガを積んでセメントで固めよう

大統領、ダラスが悪いわけじゃない 戦車に乗って高架の一番下に行く
黒い顔の歌手、白い顔の道化師 暗くなったら顔を見せない方が良い
赤線地帯にいると警官のようになる 「エルム街の悪夢」にうなされる
エルム街に深入りしたら靴に金を入れなさい 国が何をしてくれるか問うな
樽の上に使い果たす金 ディーレイ・プラザを左折して交差点で合図した
信仰も希望も慈善も死んだ場所だ さっさと今のうちに彼を撃ちぬくんだ

透明人間を撃てるか試してごらん さよならチャーリー、さよならアンクル・トム
ミス・スカーレットなんてどうでも良い 真実って何、どこにある
オズワルドとルビーなら知っているさ 黙ってろと聡明な年寄が言った
単なる仕事だったけど そいつは最も卑劣な殺人だ

トミー、聞こえる? 私はアシッド・クイーン リムジンに乗っているところ
妻を隣に後ろの座席にいる あの世に一直線 妻の膝に頭をのせてしまった
ちょっと待て、何かの罠だ 少しも助けてとも助けるとも言わない
私たちはあなたの住んでいる通りのすぐ横にいる
彼らは体を刻んで脳を取り出した これ以上痛がらせることはない
彼の魂はあるべき場所にない 50年間も探し続けてきた
自由を、自由を、私に自由を 残念だけど自由なのは死んだ人だけ
愛がほしい 嘘はつかないで 銃は捨てて消えてください

スージー、起きて ドライブに行くよ 希望を捨てずにトリニティ川を渡ろう
ラジオをつけて ダイアルはそのまま パークランド病院まであと6マイル
ミス・リジー、あなたの魔法の銃弾が頭に当たって私はめまいがする
私はパッツィー・クラインみたいなただのパッツィー どこからも撃っちゃだめだ
目や耳に出血した 新しいフロンティアには決して着くことは無い

以前33回、いやもっと見たザプルーダーの映画は卑劣で欺瞞、残酷で意地悪
今まで見た中で最も醜いものだ 彼らは彼を生贄として一度、いや二度殺した
あの日、誰かが「反キリストの時代は始まったばかりだ」と言った
エア・フォース・ワンがゲートに入って来た ジョンソンは2時38分に宣誓した
あきらめる決心をしたら教えてくれ そいつは最も卑劣な殺人だ

何かいいことないか、子猫ちゃん? 何て言った? 国の魂が引き裂かれたと言ったのさ
そしてゆっくりと衰退していく そしてもう審判の日からは36時間すぎたんだ
ウルフマンジャックが変なことを言っているけど元気一杯だ 何か曲をかけて
私のキャデラックで聴きたいんだ 「若死にするのは善人だけ」をかけてくれ
トム・ドゥーリーが吊るされた場所にいってみたい
「セント・ジェームス病院」と「キング・ジェームスの港」も頼むよ
忘れそうならメモをして エタ・ジェームスの「見えない方がまし」もだよ 
ジョン・リー・フッカーや「背中を掻いて」をよろしく
気持ちが通じ合える男やジャックという名のストリップ小屋のために
ゆっくりとしたギター・スリムは私とマリリン・モンローのために

悲しむ大統領夫人には「悲しき願い」を
ドン・ヘンリーもグレン・フライも、カール・ウィルソンのためにやっちゃって
ガワー通りを遠くに見ながら「悲劇」や「トワイライト・タイム」を聴きたい
タルサの暴動の現場に連れていって 別の「地獄へ道連れ」を聴きたいね
「丘に立てる荒削りの十字架」や「我ら神を信ず」も聴こえる
長く孤独な道をピンクの馬に乗って下り、彼の頭がはじけ飛ぶのを待つんだ
Mr.ミステリーの「ミステリー・トレイン」をかけてくれ
彼は根が腐った倒木のように死んだ 神父のために聴かせてくれ

野良犬のために オスカー・ピーターソンやスタン・ゲッツを
ディッキー・ベッツで「ブルー・スカイ」、ホット・ペッパー、セロニス・モンク
チャーリー・パーカーなどもろもろ そして「オール・ザット・ジャズ」
アルカトラズの鳥人間のためにはバスター・キートン、ハロルド・ロイド
バグジー・シーゲル、プリティ・ボーイ・フロイド
数字を決めてオッズを計算しよう 創造主には「クライ・ミー・ア・リバー」
9番と6番がいい リンジーとスティービー・ニックスのために
「ネイチャー・ボーイ」はナット・キング・コールで
テリー・マロイには「人里離れた場所」、「或る夜の出来事」、「罪の一夜」も
1200万人の魂が注目している ベニスの商人には「死の商人」
マクベス夫人には「星影のステラ」 大統領、助けはもうすぐです
地獄の代償を払って兄弟たちがやって来る
兄弟? 何の? 地獄の何? 彼らに来るのを待っていると伝えてくれ
彼の飛行機はラブ・フィールドに着陸し二度と飛ぶことはなかった
後戻りはできない そして日が昇る祭壇で彼を殺したのだ
私には「ミスティ」、「オールド・デビル・ムーン」、「エニイシング・ゴーズ」
「6月のメンフィス」、「ロンリー・アット・ザ・トップ」
そして「ロンリー・アー・ザ・ブレイブ」をかけてくれ
墓をうろつくフーディーニのためにジェリー・ロール・モートンで「ルシール」
「ディープ・イン・ア・ドリーム」、「ドライビング・ウィール」、「月光ソナタ」
ハープのキングで「キー・トゥ・ザ・ハイウェイ」、「ジョージア行進曲」、
「ダンバートンズ・ドラムス」、「ダークネス」もだ いつかは皆死ぬんだ
偉大なバド・パウエルで「ラブ・ミー・オア・リーブ・ミー」を聴きたい
「ブラッド・ステインド・バナー」をかけてくれ
そして「最も卑劣な殺人」を聴かせてくれ

(意訳 : 亜沙郎)


これはかなり難解、というかケネディ大統領が暗殺された事件そのものは理解できますが、次から次へと登場するアメリカのポップ・カルチャーについて、ディランと同等の知識を持っていないとほとんど謎の呪文のような詞が延々と続きます。

すぐに理解できたのは、せいぜい1/3くらいで、仕方がないのであとはネット検索に頼りました。これはと思うものについて補足説明をしますので、かなり膨大なものになりますが参考にしてみてください。


抱きしめたい : ビートルズのヒット曲
マージー河のフェリーボート : ジェリー&ザ・ペースメイカーズの1964年のヒット曲
ウッドストック : 1969年に歴史的な音楽イベントが開催された
アクエリアス : ヒッピーが中心のミュージカル「ヘアー」の主題歌
オルタモント : 1969年にフリーコンサートが開催された
グラッシー・ノール : ケネディの車列が通った場所の草地
エルム街の悪夢 : 映画のタイトル、グラッシー・ノールが面する通りの名前
ディーレイ・プラザ : ダラスの発祥地とされる地名
国が何をしてくれるか問うな : 演説の中のケネディの言葉
樽の上に使い果たす金 : アメリカの慣用句、現金払いのこと

チャーリー、アンクル・トム、ミス・スカーレット : 有名なポップ・アイコン
オズワルド : リー・ハーヴェイ・オズワルド、ケネディ暗殺の容疑者
ルビー : ジャック・ルビー、オズワルドを射殺した犯人
トミー : ロック・オペラのタイトル アシッド・クイーンも登場
スージー、起きて : エヴァリー・ブラザーズの1957年の代表曲
トリニティ川 : ダラスを流れる河川
パークランド記念病院 ケネディが死亡宣告された病院
ミス・リジー : 1958年のラリー・ウィリアムズのロックンロール
パッツィー・クライン : 女性歌手、名前が一緒というだけの身代わり(patsy)
新しいフロンティア : ケネディのスローガン、スター・トレックでも有名

ザプルーダー : ケネディ暗殺の瞬間を撮影していた人物
何かいいことないか、子猫ちゃん : コメディ映画
何て言った : レイ・チャールズの1959年のヒット曲「What'd I say」
ウルフマンジャック : 大人気だったラジオのDJ
若死にするのは善人だけ : ビリー・ジョエル、1977年のヒット曲
トム・ドゥーリー : 1958年のキングストン・トリオの曲 殺人事件がテーマ
セント・ジェームス病院 : ブルースの古典的なトラディショナル
キング・ジェームスの港 : トラディショナルの曲の異名かも?
エタ・ジェームス : 歌手、「見えない方がまし」はヒット曲
ジョン・リー・フッカー : ブルース歌手、「背中を掻いて」はスリム・ハーポの曲

ギター・スリム : 50年代に活躍したブルース歌手・ギター奏者
ジャックという名のストリップ小屋 : ジャック・ルビーはストリップ劇場の経営者だった
マリリン・モンロー : 言わずと知れた女優、セックス・シンボル、ケネディとも噂あり
悲しき願い : ニーナ・シモンの1964年のヒット曲
ドン・ヘンリー、グレン・フライ : イーグルスのメンバー
カール・ウィルソン: ビーチボーイズのメンバー
ガワー通り : ロサンゼルスの通り、イギリス、ロンドンにも同名あり
タルサの暴動 : 1921年大勢の黒人が虐殺された事件、それを基にした歌
丘に立てる荒削りの十字架、我ら神を信ず : 讃美歌
ミステリー・トレイン : 1953年のブルース曲、歌詞にMr.ミステリーが登場

ホット・ペッパー : おそらく1933年の映画
ブルー・スカイ : ディッキー・ベッツが所属したオールマン・ブラザース・バンドの曲
オスカー・ピーターソン : カナダ出身のジャズ・ピアニスト
スタン・ゲッツ : ウエスト・コーストで活躍したジャズ・サックス奏者
セロニス・モンク : 孤高のジャズ・ピアニスト
チャーリー・パーカー : モダン・ジャズの頂点に君臨するサックス奏者
オール・ザット・ジャズ : ブロードウェイ・ミュージカル「シカゴ」の曲で映画化もあり
アルカトラズの鳥人間 : 収監中に鳥の研究で有名になったロバート・ストラウド
バスター・キートン、ハロルド・ロイド : 無声映画のコメディアン
バグジー・シーゲル : 30~40年代のギャング

プリティ・ボーイ・フロイド : 30年代の銀行強盗、ウディ・ガスリーの曲名
クライ・ミー・ア・リバー : 1955年のジュリー・ロンドンのヒット曲
9番と6番 : ビートルズの「Revolution No.9」と反転した「6」をイメージ?
リンジーとスティービー・ニックス : フリートウッド・マックの主要メンバー
ネイチャー・ボーイ : 1948年のナット・キング・コールのヒット曲
テリー・マロイ: 1954年の映画「波止場」でマーロン・ブラントの役名
人里離れた場所 : 1965年のビリー・ジョー・ローヤルのヒット曲
或る夜の出来事 : 1934年のアカデミー賞受賞の映画
罪の一夜 : 1957年E.プレスリーの曲
ベニスの商人、マクベス : シェイクスピアの戯曲

星影のステラ : 有名なジャズのスタンダード
地獄の代償 : 慣用句 hell to pay、大混乱になるといった意味
ラブ・フィールド : ダラス空港の別名、暗殺事件を題材にした1992年の映画
ミスティ: ジャズ・スタンダード、C.イーストウッドの初監督作の原題
オールド・デビル・ムーン、エニイシング・ゴーズ : いずれもジャズの名曲
6月のメンフィス、ロンリー・アット・ザ・トップ : 曲名
ロンリー・アー・ザ・ブレイブ : 1962年の映画、カーク・ダグラス主演
フーディーニ : 20世紀初めに脱出王と呼ばれた奇術師
ジェリー・ロール・モートン : スイング黎明期のピアニスト
ルシール : ロックンロールのスタンダード

ディープ・イン・ア・ドリーム : 1955年のフランク・シナトラの曲
ドライビング・ウィール : 1936年のポピュラー・ソング
月光ソナタ : ベートーヴェン作曲のピアノ・ソナタ第14番
ハープのキング : ブルース・ハーモニカの巨匠、リトル・ウォルターの別名
キー・トゥ・ザ・ハイウェイ : ブルースのスタンダード
ジョージア行進曲 : 南北戦争時の行進曲
ダンバートンズ・ドラムス : スコットランドの兵隊行進曲
ダークネス: ブルース・スプリングスティーンの「闇に吠える街」の可能性あり
バド・パウエル : ジャズ・ピアノ巨人の一人、Love me or Leave Meの正規録音はない
ブラッド・ステインド・バナー : 讃美歌、あるいは南北戦争で南軍の旗の一つ


この注釈リストを作るだけでへとへとだし、読むほうももっと疲れただろうと思います。不足や間違いはあると思いますが、ご容赦いただきたい。これらのすべてがアメリカ人の常識とは思えないので、あくまでもディラン自身の個人的な記憶にしまわれていた、アメリカの近代文化史を、思いつくままに並べたみたいなところがあります。しかも、多くの言葉に二重の意味を持たせているようで、すべてを紐解くのは不可能とあきらめるしかありません。

少なくとも、1963年の「ダラスの暑い日」は当時のすべてのアメリカ人に強い衝撃を与え、ディランもまったく何も感じなかったということはないはずです。しかし、彼は50年以上の間、この事件に言及したことはありませんでした。

80代を目前としたディランは、自分のルーツとなるブルース、カントリー、ロックンロール、フォークなど、あらゆるアメリカの音楽を総括する作業を繰り返してきました。この曲も、それらの過程の一つだろうと思いますが、あえてダラスから始まるのは、心の底のどこかでずっと引っかかっていたことは間違いありません。

曲としては・・・メロディがあるのかないのかよくわからない。ディランが得意とする、ウッディ・ガスリー譲りの喋り主体のトーキング・ブルースとも違う。コード主体のピアノのゆったりとした伴奏に合わせてか、合わせてないのかディランが少しだけ節をつけて歌う、喋る、語る、呟く・・・みたいな、何と表現してよいのかわからない。

当然、批評家や音楽雑誌には賛否両論が巻き起こるわけですが、多くのミュージシャン仲間は絶賛しているし、なんとブルースシンガーのロリー・ブロックはこの曲のカバーを発表しています。