2014年も半分終わって、今日から7月、下半期に入ります。どうして、年を取ると月日のたつのが早いんでしょうかね。
あっという間に時間が過ぎ去っていくので、残りの人生でできる事がどんどん少なくなっていくような・・・というか、若い時ほどやる事が多くて時間が必要ということなのか。
ことわざとして有名な少年易老學難成(少年老いやすく学なり難し)は、若いと時間があると思って先延ばしにしやすいが、すぐに年を取って何も学べないよという意味で使います。
この場合は、実際に時間があるのか無いのか、どっちなんでしょう。現実の時間軸で考えると、老若男女、誰も平等に時間が流れているはずです。
ニノマエみたいな特別なSPECでも無い限り、あるい009のような加速装置でも埋め込んでいない限り、こればかりは変えようがない。
もしかしたら、こういう話の場合の「時間」というのは脳のキャパシティに関係するかも、なんて思いついたりしました。
若いうちは脳をはじめとして、肉体は元気で、脳はいくらでも記憶をする領域があります。ところが、成長段階が終わると、それは10代後半のことですが、あとは老化しかありません。
脳も毎日たくさんの神経細胞がダメになっていくわけです。古くなったハードディスクみたいなもので、記録していたファイルがしだいにエラーになりだし、使える領域が減っていきます。
そのうち古いファイルや、使う頻度の少ないファイルから消去していかないと、新しい事を記録できなくなります。いわゆる、デフラグもしないといけない。
実際の脳には、断片化した記憶を統合する便利なスイッチなんてありませんから、バラバラの記憶を整理するには、ばっさりと忘れて新たにまとめて勉強するしかないのかもしれません。
ことわざの今風の意味は、新しいハードディスクはまっさらな記録領域がたくさんありますが、どんどん壊れて領域が減っていくので、記録できるファイルの数はだんだん減っていきますよ、ということかもしれません。
自分の脳も、エラーが頻発しているんでしょうから、必死に毎日修復しているんでしょうね。できるだけ、多くの記憶を出し入れしていると、書き換え頻度が高くなりエラーの原因になるかもしれません。
でも、使わない記憶は完全に消去していくので、結局消耗品だと割り切って使わにゃ損損。古い記憶の修復に忙しいので、新しいことを覚える余裕が無いのかもしれませんね。