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2019年3月25日月曜日

是枝裕和 #12 三度目の殺人 (2017)

是枝監督の作品は、ある意味やっかいなんですが、これはやっかいさにかけては一番です。福山雅治、広瀬すずなどを起用し華やかな話題性があるにもかかわらず、これまでの「家族」をテーマした、さわやかな後味で終わる作品とは一線を画す法廷ミステリーみたいなものです。

重盛朋章(福山雅治)は敏腕弁護士で、依頼者とはともだちになるわけではないから深く内面を知る必要はない、そして依頼者の利益になるなら真実かどうかは二の次と考えています。私生活では、離婚調停中で中学生になった一人娘との関係も必ずしも良好ではありません。

ある時、同僚の摂津(吉田鋼太郎)から、被告人の三隅(役所広司)の証言が一転二転するため、お手上げ状態の強盗殺人事件の弁護をまかされます。実は、被告人は以前にも強盗殺人で有罪判決をうけたのですが、その時死刑にしなかった裁判官は重盛の父親(橋爪功)でした。

事件は、クビになった食品会社社長を河川敷で殴り殺し、財布を奪った上、ガソリンをまいて焼いたというもの。目撃者は無く、物的証拠も少ない、被告人本人の自白だけが決め手になっている事件でした。

重盛は、摂津、部下の川島(満島真之介)と連れ立って拘置所へ面会に向かいます。あらためて概要を確認すると、三隅は確かに自分が殺して焼いたことは間違いないと証言します。重盛は、二度目の強盗殺人だと死刑の可能性が高いため、恨みによる衝動的な殺人として無期懲役を狙う作戦を考えます。

ところが、雑誌記者の取材で三隅は、会社社長の妻斉藤由貴)から依頼されて犯した犯行であると話してしまいます。そして重盛達に、妻から「例の件をよろしく」とメールもらい、前金として50万円を受け取ったと話すのでした。重盛はメールの存在を確認し、むしろ社長の妻が主犯格の嘱託殺人の線で弁護計画を練り直すことにしました。

重盛が三隅のアパートを訪ねると、大家から女の子がよく訪ねてきて楽しそうだったと聞かされます。実は女の子は、殺された社長の高校生の娘、山中咲江(広瀬すず)でした。

咲江に接触するうちに、咲江は父親から性的暴力を受けていたこと、三隅が咲江の心の拠り所になっていたことがわかってきます。咲江は、自分の父親に対する憎しみを感じ取った三隅が、自分ために犯行を犯したというのです。そして、厳しい目で見られることは覚悟で、三隅を救うためにそれらを裁判で証言すると言います。

すでに裁判員裁判が始まっていて、更なる作戦の変更を余儀なくされた重盛は、三隅に咲江の話を確認して向かいます。ところが、三隅は、これまでで証言をひるがえし「自分は現場には行っていないし、殺人もしていない。食品偽装をしていた社長をゆすって財布をもらっただけで、メールもその件だし50万円は口止め料だった」と言い出しました。

本人が否定する以上、それを信じるしかない重盛でしたが、すでに事実認定は争わないという検察官、弁護士、裁判官の間での前提があったためどうにもできません。咲江の証言はかえって邪魔になるため、重盛は三隅を助けたかったら離さないように咲江にお願いするのでした。

判決は死刑。裁判途中での否認は根拠なく、ほとんど考慮されることはありませんでした。三隅は重盛の手を握り感謝を伝え、傍聴席の咲江には見向きもせず退廷していきました。咲江は重盛に尋ねます。「三隅は、催場では誰も本当の事は離さないと言っていた。誰を裁くかは誰が決めるんですか?」

後日、拘置所を訪ねた重盛は、三隅に「咲江が辛い証言をする必要が無くなるように、急に犯行を否認したんですか」と尋ねます。三隅は「そう思ったから、あなたは私の否認に乗ったんでしょう。いい話だ。本当なら誰かの役に立ったということ」と言い、最後の最後まで真実をはぐらかすのでした。重盛は、「あなたは・・・ただの・・・器?」と返すしかありませんでした。

全体の雰囲気を楽しむというよりは、監督のオリジナル脚本による台詞劇の要素が強く、俳優陣のがっぷり四つのぶつかり合いがすごい。笑えるところはまったくありません。

幾度登場する接見室での重盛と三隅の対話は見応えがあり、話の内容も変わっていきますが、両者の態度もどんどん変化しているところはわくわくします。二人は接見室では鏡像の関係にありますが、特に、最後でガラスに映した二人の顔が重なるところは、どっちが話しているのかわからなくなるほど同化している。

この映画は、賛否両論が巻き起こり、かなりの問題作であることは間違いない。最近は、「伏線の回収」という言葉がよく使われ、映画の中で提示された謎がすべて解き明かされないとダメと考える人が多い。そういう方には、この映画は不満しかない。しかし、この作品は、観た者の考える力を試す、イマジネーションを必要とするのです。

最後の最後まで、真実はわからないという意味では、真のミステリーとは呼べないところ。映画のテーマははっきりしていて、「人が人を裁けるのか」ということ。当然、この問いに明確な答えを出せる人はいるはずがない。下手な答えを提示する方が、むしろ嘘になる。

もともと、重盛は「真実よりも依頼者の利益」を優先する弁護士。ところが、証言を次々と変えていく三隅に会って、しだいに真実を知りたくなっていくのです。しかし、最後まで重盛にも真実がわからないまま裁判は終結し、また別の仕事へ向かって行くしかない。

これは、映画を見た観客も同じで、本当の事はいったいどこにあるのか誰もわからないし、わからないことは誰にも裁けないということだけがわかります。監督も、弁護士のモヤモヤを観客にも感じさせたいという狙いがあったようです。

この事件は、表面に現れているような、三隅による金銭目当ての強盗殺人という解釈以外に、いろいろな可能性が考えられます。社長夫人との不倫関係の清算、社長夫人からの依頼による嘱託殺人などが映画の中で示されました。そして、もう一つ咲江が事件に絡んでいる恐ろしい可能性も暗に示しています。殺人そのものは咲江が行った場合、咲江と三角が共犯で行った場合もありうる。

でも、映画のテーマが、事件の真実を見極めることではないわけですから、結局、正解は示されていない以上は、観た者が自分で判断するしかありません。また、謎として残るのは重盛の最後の台詞である「あなたは器?」と、映画の中で出てくる殺人は2度なのに「三度目」というタイトルの意味です。

器の意味は、本当によくわからない。人に対する「器」という言葉は、その人が何かを背負うものを持っている場合に使われます。三隅は、いろいろな人の負の感情を受け止める器ということなのかなと感じました。そして、三度目の「殺人」は、明らかに三隅の死刑を指している。つまり、三隅は人によって一度は死刑を回避しましたが、今回は人の裁きによって殺されるのです。また、それを望んでいたのかもしれません。

いよいよ4月に、最新作「万引き家族」のビデオが発売されます。何とか、それまでに過去の是枝作品をすべで見返すことができました。楽しみ、楽しみ。