2019年3月8日金曜日

ホタル (2001)

お馴染みの監督・降旗、撮影・木村、そして主演・高倉健による、東映創立50周年記念作として公開された映画。しかも、もともとの企画は高倉健自らのものというのは珍しい。

昭和64年1月7日、昭和天皇が亡くなったことで、物語が動き出します。鹿児島で漁師をしていた山岡(高倉健)は、透析をしていて病弱な妻の知子(田中裕子)と、こどもはいなくても幸せに暮らしていました。そこへ、旧知の藤枝(井川比佐志)が亡くなった知らせが入ります。

山岡と藤枝は、実は終戦間際に特攻隊として出撃し、偶然に生き残ったのでした。二人の上官の金山(小澤征悦)は、二人より早く出撃し帰ってきませんでした。金山は、朝鮮の出身者で、日本人の許嫁だったのが知子でした。山岡は絶望する知子を支え、結婚したのです。

藤枝の孫が、藤枝のノートを持って山岡の元を訪ねてきました。それは、山岡にあてた手紙の下書きで、生き残ったことの苦悩を吐露し、天皇が亡くなった今こそ、再度出撃するんだという内容でした。

当時、特攻に出撃する兵隊たちの面倒を見ていた食堂のおかみ、山本富子(奈良岡朋子)は、その後も特攻に関係した人々から「お母さん」と慕われ、戦後も死んでいった者たちを弔い続け、少しでも遺品を遺族のもとに戻す努力をしていました。

富子は金山と山岡、そして知子の事情は知っていましたが、金山の遺族が韓国に存命していることを知り、体力的に自分には無理なので山岡に金山の遺品を届けて欲しいと懇願します。富子のこれまでを慰労する会が行われましたが、その席で「彼らを殺したんだ。本当の母親なら、どんなことであっても死なせるはずがない」と泣き崩れるのでした。

山岡は、知子の余命が長くないことを担当医に言われ、ついに知子を連れて韓国に行くことを決心します。韓国で、遺族から歓迎されていない雰囲気の中で、山岡は金山の最後の言葉を伝えるのでした。

私は明日、出撃して必ず成果をだす。しかし、それは日本のためではない。知子のため、そして家族のためだ。朝鮮万歳。自分のことを許してください・・・山岡は、涙を流しながら遺族に伝え、遺品を渡しました。遺族は、金山家の墓地に参ることを許してくれました。そして、二人の前を一匹の蛍が、ゆっくりと飛んでいくのでした。

タイトルの意味は、山本富子が語ったある特攻隊員の話から来ています。出撃して敵船を撃沈させ必ず帰って来ると、ある特攻隊員が言うのです。富子は、どうやって帰れるのかと尋ねると、蛍になって帰って来るんだと。彼が出撃した翌日、一匹の蛍が富子の目の前を飛んでいたということ。蛍は、死んでいった者たちの魂の化身として表現されています。

メイン・テーマは、戦争末期の特攻隊で死んでいった者と生き残った者、それぞれの葛藤です。ただし、慰労会での、富子の絶叫だけが、明確に反戦的なメッセージとして強調されていますが、全体的には「二人で一つの命」だという山岡と知子の夫婦愛を表面的には描くことで、社会性をオブラードに包んでいるように思います。

富子の実在のモデルは、1992年に亡くなっている「特攻の母」と呼ばれていた鳥濱トメさんです。彼女は特攻関連の映画には、度々登場しますが、その最初がこの映画でした。ただし、富子の口から「特攻隊員を(私が)殺した」というセリフを言わせたことは、いろいろと物議の種になりました。

そもそもトメさんが言うはずがない言葉であり、隊員が自ら死んでいったのではなく、国によって殺されたという表現は、見方によっては昭和天皇批判につながるということです。また、日本兵として死んでいった朝鮮人の問題も、今の日本と韓国との問題に無関係ではありません。これらのことについては、自分はどうこう言える立場ではありませんので、コメントは控えます。

「鉄道員」では、年取った演技をする健さんでしたが、ここでは本当に年を取ったなぁと感じました。「夜叉」以来の共演の田中裕子も、ほどよく年を重ねて、自然な壮年夫婦となっています。やたらし涙っぽくなってきた健さんですが、映画としてはメッセージ性をはっきりと打ち出しているところは評価されるポイントなのかもしれません。