2019年3月28日木曜日

湯を沸かすほどの熱い愛 (2016)

2016年の日本アカデミー賞は、作品賞は「シン・ゴジラ」に持っていかれましたが、人間が取る最優秀女優賞は、この作品の宮沢りえが獲得しました。

監督は、劇場映画監督デヴューの中野量太で、宮沢りえとは同い年。長年温めてきたストーリーを自ら脚本に起こし、「家族とは?」という大きなテーマに挑みました。タイトル、ポスターなどの写真から銭湯を舞台にした「寅さん」のようなホーム・コメディを想像したんですが・・・

幸野双葉(宮沢りえ)は、夫の一浩(オダギリジョー)と銭湯を営んで、娘で高校生の安澄(杉咲花)を育てていましたが、1年前に突然一浩が失踪し、銭湯は休業、パン屋で働き生計を立てていました。

双葉は、ある日仕事先で倒れてしまい、病院で検査を受けると末期がんで余命数カ月と診断されます。双葉は、自分が死ぬまでに、家族のみんなが抱えている問題を何とかすることを決意しました。

学校でいじめにあっていた安澄には、逃げないことを教え、自ら勇気をもって問題を克服させます。そして、子連れの探偵(駿河太郎)を雇って夫を探し出しました。一浩は、昔の女と連れ立って出ていったのですが、二人の間には鮎子(伊東蒼)という小学生のこどもがいたのです。女は二人をほったらかして、別の男と出て行ってしまいました。

鮎子ともども一浩が戻って来て、四人家族で掃除をして、銭湯を再開することができました。しかし、双葉の体調は確実に悪化しています。一浩は何か欲しいものはあるかと尋ねると、双葉は冗談めかして「前から行きたかったエジプト旅行」と言いました。

双葉は、こどもたちに真実を伝えるために、安澄と鮎子と連れ立って車で旅行にでかけます。途中で、ヒッチハイク中の拓海(松坂桃李)を乗せ、彼の生き方の相談にのりました。そして、静岡の海沿いの店に入った双葉は、店番の女性に高足ガニを注文しますが、いきなり頬を平手打ちしました。

実は、この女性は、毎年高足ガニを送ってくる酒巻君江(篠原ゆき子)で、安澄を生んだ本当の母親であることを伝えるのでした。混乱する安澄に「ちゃんと挨拶してきなさい。あなたは私の子なんだからできる」と言って送り出しました。

しばらくして安澄が戻ってくると、双葉は意識を失って倒れていました。すでに治療手段が無い双葉は、緩和ケア病棟に入院します。子連れ探偵の調査で、双葉自身も、母親から棄てられた存在であることが明かされ、その母親との面会は拒否されました。目的が無かった旅を終えた拓海は、銭湯の手伝いのするために戻ってきました。

一浩は、日に日に弱っていく双葉に、病棟の窓から下を見るように伝えます。そこには、一浩、子連れ探偵、拓海、君江、安澄、鮎子の6人で作った人間ピラミッドがありました。双葉は、「死にたくない」と心の底から思い泣き崩れるのでした。双葉の葬儀が終わって、残された新たな家族は、いろいろな思いを持って銭湯の湯につかりました。

とにかく、どんどん弱っていく宮沢りえの演技がすごい。死に直面して、これだけはやり残して死ねないという情念が溢れ、無条件に涙せずにはいられません。そして、女優として急成長中の杉咲花も素晴らしい。このキャスティングができただけでも、監督デヴュー作として中野監督は幸運すぎる。

ただし、あらすじを整理していても、わかりにくい家族構成の繋がりは複雑すぎて、少しやり過ぎの感は否めません。血の繋がりだけではない「家族の絆」、「母の愛」がテーマですが、そこへ向かって登場人物の関係を作り過ぎでリアリティはありません。

また、末期がんで余命数カ月の間にできることとしては、あまりに解決したい問題が大きすぎる。余命1年、いやせめて半年は欲しい。手がしびれてちゃんと使えないのに、娘二人と車の旅行に出るというのも、現実的ではありません。

最後の場面も、いろいろな想像ができる終わり方なんです。もちろんすべてをわかりやすくする必要はないのですが、もしかしたら普通はそんなことはしないだろうと思えるような感じで共感しずらい。

まさに、作品としてはゴジラに負け、俳優陣に救われたのは順当な結果と言えそうです。監督としては力が入り過ぎ、詰め込み過ぎた内容ですが、大枠では良く出来た映画ですし、繰り返しますが俳優の名演技により涙無しでは見られない作品です。