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2019年3月12日火曜日

あなたへ (2012)

高倉健は、2014年に83才で亡くなりました。長い健さんの俳優としてのキャリアの中で、最後の作品となったのが、長年の付き合いとなる降旗康夫監督による7年ぶりの主演作「あなたへ」でした。

「鉄道員」が、一緒に映画作成に携わってきたスタッフとの同窓会のようなところがありましたが、この映画は過去に共演してきた俳優仲間が登場すると同時に、これからの活躍が期待される若い役者と積極的に関わった作品となりました。

富山刑務所の刑務官として暮らす倉島(高倉健)は、亡くなった妻、洋子(田中裕子)からの手紙を受け取ります。洋子は死の直前に、2通の手紙を用意し、一通は倉島本人に、そしてもう一通は故郷の長崎・平戸の郵便局留めとしていたのです。

倉島への手紙には、遺骨は平戸の海に散骨してほしい、そして平戸へもう一通の手紙を取りに行くように書かれていました。倉島は、いつか二人でゆっくり旅をしようと自ら改造したキャンピングカーで、長崎に向かって二人の思い出の地を巡る旅に出発します。

岐阜で、元国語教師で妻を亡くして一人でキャンピングカーで旅をしているという杉野(ビートたけし)と出会います。杉野は、旅と放浪との違いを、「目的が有るのが旅で無いのが放浪、そして帰る場所があるのが旅」と言い、種田山頭火の歌集を倉島に渡します。

大阪では、全国の物産展を巡り歩いて弁当の実演販売をしている、明るく元気な田宮(草彅剛)に頼まれ、デパートでの仕込み・販売を手伝うことになりました。4年前から、田宮には年上の南原(佐藤浩市)という部下がいますが、南原は過去に何か秘密がありそうでした。

下関で、杉野と再会しますが、杉野は車上荒らしとして手配されていたため警察(警察官は浅野忠信)に連行されてしまいます。倉島は、富山への照会で身分がはっきりしたので、日頃から気にかけてくれる塚本(長塚京三、その妻は原田美枝子)に電話で無事を知らせます。

門司で、再び田宮と南原と飲みに出かけ、自分の旅の目的を話しました。田宮は酔ってくると、「実は妻が不倫をしているために、家に帰れないから全国を移動するこの仕事をしてる」と打ち明けてきます。南原は、平戸で散骨のための船がみつからなかったら大浦吾郎を頼るようにと、連絡先の書いたメモを渡してくれます。

郵便局の局留めの保管期限である7日目に平戸に到着した倉島は、妻からの最後の手紙を受け取りました。そこには、平戸の灯台から鳥が飛び立つ絵と「さようなら」の言葉だけがかかれいました。

ちょうど台風が接近し、海は荒れていたこともあり、漁協では船を頼むことはできませんでした。食事に入った食堂は、母の多恵子(余貴美子)と娘の奈緒子(綾瀬はるか)の二人がきりもりしていて、多恵子は倉島の持っていたメモにはっとします。倉島の事情を聞いた奈緒子は、婚約者の卓也(三浦貴大)に協力するように頼みます。

大浦吾郎(大滝修治)は卓也の祖父だったので、卓也は倉島を吾郎のもとに連れていきますが、吾郎は船を出すことを断ります。大荒れの天候となり、倉島は食堂の隅を借りて夜を過ごすことになりましたが、多恵子から夫は余計なことに手を出して失敗し、7年前に荒れた海に出た切り帰ってこないという話を聞かされます。

台風が過ぎ去った翌朝、倉島は平戸の町の古い写真館の入り口に、こどもの時の洋子の姿を見つけるのでした。そして、二通の手紙を灯台の見える丘の上から、風に乗せて飛ばしました。あらためて吾郎を訪れ船を頼むと、今度は引き受けてくれました。夜、多恵子が倉島に「あの人にみせてあげたいので、海で一緒に流し欲しい」と、奈緒子と卓也の婚礼写真を託します。

翌日、吾郎の船、卓也の操船で出港した倉島は、静かに散骨を行いました。吾郎は「久しぶりにきれいな海をみた」と言います。倉島は、平戸の郵便局で辞職願を投函すると、まだ門司で仕事していた南原を呼び出します。倉島は、洋子は「あなたにはあなたの時間が流れている」と言いたかったのだとわかったと話し、多恵子に託された写真を南原に渡すのでした。

「網走番外地(1965)」から見始めて、いよいよこの映画が健さんの最後の映画と思うと、それだけで感無量です。そこには、もう若々しくない老人の健さん(撮影時80才)がいて、それでも10才くらいは若い役を演じています。さすがに、少し無理があるように思いますが、そんなことも簡単に許容できてしまう。

かっこいい啖呵を切るわけでなく、スカっとするアクションもしないし、何かの美学を語るわけでもありません。ただ、先に行った妻の思い出を辿って、しばしば涙する老人がいるだけです。

スター、高倉健ほど、映画の中の虚像と、実生活から来るイメージのギャップが少ない俳優はいないように思います。もちろん、自ら多くを語ることはありませんでしたので、他人の評判からの推測にすぎませんが、礼を持って接するなら若かろうが新人だろうが、健さんは真摯に応対したといいます。この映画で初めて共演した俳優も、そんな健さんの最後を飾ったこの作品は、大きな意味を持っていると思います。

田中裕子とは、「夜叉」、「ホタル」に続いて3回目の共演。この映画の洋子は、「ホタル」で恋人に死なれた絶望から健さんによって勇気を与えられた知子を思い出させる役柄です。ここでも、恋人が先立ち健さんによって生を全うしました。

死を目前にした彼女から出されたクエスチョンが、この映画の主題になります。いわゆるロード・ムービーといわれる体裁をとりながら、健さんは妻の問いかけの答えを探す旅に出発し、「夜叉」で共演したビートたけし、かつての東映の仲間、三国連太郎の息子である佐藤浩市、そして何度も共演してきた大滝修治らと出会います。

それは、健さんの映画人生を少しだけ振り返る旅ということも言えそうです。少なくとも、降旗監督は心のどこかでそれを意識していたに違いありません。次の企画もあったと言いますが、監督は健さんの最後の映画になるかもしれないことを心の片隅に秘めていたと思います。

その一方で、孫のような世代の草彅剛、綾瀬はるか、三浦貴大らとも分け隔てなく対峙して、それぞれの心の隙間を感じ取っていくことができるのもいかにも健さんらしい。綾瀬はるかは同じ年に公開となった「映画 ホタルノヒカリ」とは真逆の、小さな漁村のちょっと勝気な娘を見事に演じています。

結局、妻からの謎の本当の答えはよくわかりませんでした。健さんは最後に、一定の答えを口にしていますが、それでは結局二人の生活は何だったのだろうかという気がしてしまいます。洋子は自分の生まれ故郷を見てもらうことで、健さんによって自分がいかに幸せな人生を過ごしたかを伝えようとしたのでしょう。最後のメッセージは「さようなら」ですが、そのまま「ありがとう」と読めてしまうのだと思います。

なぜか、それが健さん自身からのメッセージのように感じてしまいます。数々の心に残る役を演じてきた健さんに、そっくりそのまま「ありがとう」とお返ししたくなるのでした。

東映時代の物を除いて、ここまで見てきた高倉健主演映画で、見ていない作品はヤクザを演じる「冬の華(1976)」以外に、あと「海へ -see you-」と「四十七人の刺客」の2作品があります。見ていない理由はBluerayでの発売が無いことと、一般的な評価が低すぎるという理由からです。

「海へ -see you-」は1988年の作品で、監督は「南極物語」の蔵原惟繕で、パリ・ダカール・ラリーを舞台にしたもの。3時間の長尺で、脚本が破綻しているといわれています。

「四十七人の刺客」は1999年の作品で、監督は自分も好きな名匠市川崑。しかし、忠臣蔵を独特の視点から取り上げたことで、共演の宮沢りえ以外にはあまり評判は芳しくありません。

今後、任侠物は嫌いなので飛ばした東映物や数少ないテレビ・ドラマ出演作も含めて、鑑賞するかもしれませんが、映画人・高倉健のフィルモグラフィーをたどるのはこれで終了です。

いずれも甲乙つけがたい作品ばかりでしたが、あえて自分にとっての高倉健ベスト5を順序無しで選んでおきます。

新幹線大爆破
遥かなる山の呼び声
駅 STATION
居酒屋兆治
鉄道員 (ぽっぽや)