2019年3月10日日曜日

是枝裕和 #9 そして父になる (2013)

第66回カンヌ国際映画祭 審査員賞を受賞した、是枝監督の劇場長編映画の9作目。カンヌ受賞だけでなく、人気者の福山雅治が父親役で主演したことも大きな話題になりました。

実際に父親になった是枝が、「父親とは?」と考えるようになり、1970年代に社会問題化した赤ちゃん取り違え事件を取材した奥野修治のドキュメント「ねじれた絆」をヒントに脚本を描きあげました。

テーマは、ずはり「家族とは」 という、基本的ですが実ははっきりと答えを出しにくい問いかけであり、これまで是枝の映画でもずっと内在してきたもの。今までは、単一の「家族」を描くことで、その様々な在り方を提示してきたのですが、ここでは二つの家族をやり過ぎなくらい対比して、映画的なインパクトを強めています。

野々宮家は、父親は良多(福山雅治)、母親はみどり(尾野真千子)、一人息子の慶多(二宮慶多)。良多は仕事に多くの時間を費やすエリート・サラリーマンで、都内の高級タワー・マンションに住み、レクサスの高級車に乗っています。みどりは専業主婦で、家の事は良多が主導権を握っている。

こども対する方針は、しつけをしっかりして、良い事悪い事をはっきりさせます。稽古事のピアノはうまく成果がでませんが、慶多は両親のために頑張る、やさしい「良い子」で、進学塾に通ったおかげで有名小学校をお受験し合格します。

斉木家は、父親は雄大(リリー・フランキー)、母親はゆかり(真木よう子)、こどもの琉晴(黄升炫)は弟と妹がいる三人兄弟。雄大は地方都市で電気店を営み、けして裕福とはいえないけれどこどもたちと遊ぶのが大好き。乗っているのは、仕事でも使う軽四輪。ゆかりは、夫にも口を出す「肝っ玉かあさん」で、弁当屋で共働き。

教育方針は、よく言えば「こどもの自主性を重視」するですが、ほとんど成り行き任せとも言えなくはない。琉晴は、元気一杯に走り回りやりたいように遊び、食べたいように食べる、ある意味「がさつな子」です。

6年間、それぞれがそれぞれの平和の中で「家族」をしていたのですが、ある日突然、産んだ病院から出生直後に取り違えが発生していたと連絡があり、DNA鑑定の結果、間違いないことが証明されました。当時の担当看護師が、生活の不満から裕福で幸せそうな野々宮に対して、あてつけとしてやってしまったことだったのです。

家族は「血の繋がり」だと考える良多は、慶多はそのままに琉晴も引き取ることを考えます。一方、雄大は、病院に対して慰謝料を気にしますが。「家族は一緒に過ごした時間」だと思っている。

何度かのお試し末、結局、こどもを交換することになりますが、慶多は兄弟のいる賑やかな生活が楽しく、何かとかまってくれる雄大とゆかりに親しんでいきますが、どこかで寂しさも感じている。一方、琉晴はきっちり育てようとする良多とはなかなか馴染めません。

みどりは、一緒に暮らすうちに「本当のわが子」に愛情が芽生えてきますが、それは慶多に対する裏切りと感じるようになっていました。良多も、かつての慶多との生活はかけがえない時間だったことに気が付きはじめます。

そして、ついに琉晴は家出して斉木家に戻ってしまいます。駆け付けた良多に、慶多は「パパなんかパパじゃない」と拒みますが、「できそこないのパパだった。ごめんな。もうこんなことを終わりにしよう」と言って抱きしめます。慶多は雄大から教わった「スパイダーマンは蜘蛛」だってことを知っていたか尋ねます。良多は「ううん、知らなかった」と返事をするのでした。

映画では、時間を優位にするような終わり方をしていますが、「血の繋がり」を否定しているわけではなく、どちらを正解とするかは観た者の判断に委ねられています。ですから、見終わって必然的に「自分は父親としてどうなんだろうか」ということを考えざるを得ないことになる。

ただし、自分を含めて大多数の家族は、血の繋がりがあり、たくさんの時間を一緒に過ごしているので、正解としてどちらかを選択することはナンセンスだと思います。つまり、どっちも正解であり、両方があることで「家族」として成立しているということ。

この映画は、両極端のような家庭を対比させることで、どちらかを選ばせようとするのはずるい。こどもを顧みなかった良多の父親は家族は「血の繋がり」が大事と言い、後妻として良多を育てた義理の母は、良多にうとまれながらも「時間」だと思っています。

実際にこういう立場になることは、想像すらできないことなので、親の目線からは答えはでない。家族の最小単位と言える夫婦は、もともと他人なので「血の繋がり」は無いわけです。

そこへこどもが入ってくると、家族の中に血縁と言う考え方が入ってくる。もしも、正解があるとするならこどもが決めることなのかもしれませんね。少なくとも、スパイダーマンは蜘蛛から生まれたわけじゃない。

ちょい役で、是枝ファミリーの井浦新、樹木希林が登場します。ファミリーといっても、血縁はありませんが、是枝作品をらしくする存在として欠かせない。そこに老婆が登場する必要があるなら、それは樹木希林でなくてはならないくらいになっています。