鰻の寝床のように東西に長く伸びた静岡県のほぼ真ん中、御前崎のすぐ西に浜岡町があります。静岡市と浜松市の中間にあるから「浜岡」なんだそうです。東名高速道路からは菊川インターを降りて、ぶんぶん南下して1時間ほど。
浜岡砂丘というのが有名で、また宮城まり子さんのねむの木学園でも知られています。
20年ちょっと前のことですが、自分は医者になって4年目、初めての出向先がこの浜岡でした。人口はわずかに2万人ほどと聞いていましたが、さして大きくもない田舎の海辺の町に、たいそう立派なモダンな町立病院ができてまだ数年。
着任して、これまた病院敷地内にある立派な宿舎に住むことになりました。先輩が、最初に教えてくれたのは食事をするところ。毎晩、いろいろな店に連れて行ってもらいましたが、1週間もすると主なところはおしまいで、最初に行った店に行きました。
町には鉄道が通っていないので、町の中心というのがよくわからない。なんとなく、家が並んでいるという感じでした。そんな町に、飲み屋だけはやたらとたくさんあって、200軒以上あると先輩に教えてもらいました。
なんでかというと、浜岡には原子力発電所があるというのです。そんなことも、まったく知らずに出向いたわけですが、その原子力発電所で働いている中部電力や工事関係の人々がたくさんいるので、飲み屋はいくらあっても大丈夫というわけです。
ちょうど、この年の途中で結婚したので、宿舎から出て、一戸建ての宿舎に移りたかったのですが、今は空きがないということで、すぐ近くの平屋の一軒家に移ることにしました。
驚いたのは、昼間人がいないような家では、電気代がかからないどころか、むしろプラスになったりするということです。これは原発があるため、中部電力から電気代が戻ってくるというわけなんです。
隣に住んでいたご夫婦はとても良い方で、ご主人は原発の工事に携わっているとのことでした。浜岡は冬になると遠州灘からの、ものすごい強風が毎日のように吹き荒れます。土台にコンクリートブロックを使った洗濯干しも風で倒れてしまうほどです。
ある時、住んでいるところの地面に、くねくねと土が盛り上がったようなあとが出来ていて、なんだろうと思ったら、どうももぐらが通った跡だというのにはびっくりしました。
交通事故といっても、たいしたものはなく、農道の交差点で軽自動車同士が出会い頭に衝突。両方とも時速20キロくらいだったので打撲程度というようなかわいらしいものがありました。
町議会議員、というと町の名士ですが、事故の加害者らしいのですが、町の病院なんだから被害者のケガは無かったことにしろみたいなことを言い出すこともあったりしました。
飛び降り自殺があったのですが、たいしたケガもしなかった。なんでかというと、一番高い建物でも3階建てだったので、という笑うに笑えない話もあります。
また、今までの生涯でたった一度お年玉年賀はがきの一等賞が当たったのも浜岡にいたときでした。29インチのテレビをもらい、町の郵便局で、町の広報に載せるという記念写真をとられた記憶があります。
そんな断片的な思い出がたくさんあるのですが、あれから随分と時がたって、町の様子もだいぶ変わっているのでしょう。今、日本中から注目を集める場所の一つになっているわけですが、少なくとも自分にとっては短い期間でしたが、一生忘れることのない土地になっているのです。