三位一体節後も第9主日まで来ました。キリスト教的には、大きなイベントもないので、ローマ法王も比較的時間にゆとりがあるのか、今週は韓国を訪問したりする余裕があるようです。
教会歴順カンタータの旅のほうも、このくらいだとかなり余裕です。わけもわからず聴き飛ばしていた最初の方を、もう一度聴き直すしたり、受難曲のような大曲も再チャレンジすることもできます。
バッハのカンタータ群を除いて、四大宗教曲と呼ばれているのは、マタイ受難曲、ヨハネ受難曲、ロ短調ミサ曲、そしてクリスマス・オラトリオ。
最低でもこの4曲のCDが出ている人が、だいたいバッハ演奏の専門家といえるわけです。実はバッハの宗教曲は、カンタータの充実ぶりがすごいのですが、それ以外となると意外に少ない。
あとはマニフィカト、4つの小ミサ曲、モテット、復活祭オラトリオ、昇天祭オラトリオでほとんどすべてということになります。ここまですべて網羅しているのはリリングくらいでしょうか。
我がガーディナー先生や鈴木雅明、コープマンは、あと一歩及ばす。ヘレヴェッヘがこれを追いかけているところ。リヒターも若死にしなければ、全曲制覇を狙っていたかもしれません。
カンタータの聴き比べというのは、集めるだけで大変ですが、大曲は比較的廉価盤になったセットがたくさん出回っていますので、この時期に合わせてやっておきたい目標の一つです。
三位一体節後第9主日のためにバッハが用意したカンタータは、3曲あります。
BWV105 主よ、汝の下僕の審きにかかずらいたもうなかれ (1723)
BWV94 われいかで世のことを問わん (1724)
BWV168 務めの報告をいだせ!と轟く雷のことば (1725)
ガーディナー盤では、もともとArchivからリリースされていたCDに収録されています。Archivが全集を断念して企画が頓挫したため、ガーディナー自ら立ち上げたSDGレーベルが引き継ぎました。全集ボックスでは、Archiv発売のものも含まれているので助かります。
BWV94はフルートが印象的。この曲が作られた頃に、優秀なフルート奏者がバッハの楽団にいたことが想像されています。
BWV105は、タイトルからは分かりにくいのですが、内容は使い込みをした部下を主人が許すというもので、神(またはイエス)の寛大さを説くものなのでしょうか。前半は罪がばれて不安な状況、後半は許された喜びと神を讃える気持ちを謳いあげます。
BWV168は、いきなり勢いのある弦の合奏からスタートし、バスのソロがそのままの勢いを引き継いで歌いだす感じが他にない新鮮な印象です。ある意味、オペラ的というのは言い過ぎか。