1764年10月22日、フランスのパリ、東のはずれ。比較的、生活の楽ではない人々のあばら家が集まっている地域でのこと。空気が冷えて隙間風が身に染みるような、部屋ともただの囲いとも区別がつかないような部屋で、一人の男性の遺体が発見されました。
たくさんの傷があり、明らかに何者かによって惨殺されたと思われるその遺体は、一昔前に一世を風靡した人気ヴァイオリン奏者、ジャン=マリー・ルクレールであったことから、パリ市民は大いに驚かされました。
・・・というわけで、何とも残念な死に方をしたルクレールですが、1697年にリオンで生まれ、イタリアで修業した後、バリに戻りヴァイオリン奏者、そして作曲家として大人気となりました。
ルクレールは、同時代のイタリアの人気ヴァイオリン奏者、ジュゼッペ・タルティーニとパリでステージを共にしたことがあるそうです。その時、優雅に弾くルクレールと、鬼気迫るようなタルティーニは「天使と悪魔」と形容されました。
フランス・バロックのヴァイオリン関連では、最も影響力を持った人物であるルクレールは、作曲家としては多くは残してはいないものの、ヴァイオリン協奏曲、トリオ・ソナタ、フルート・ソナタなどがあり、特に2台のヴァイオリンのためのソナタは、絡み合うヴァイオリンの響きが緻密に計算された優れた作品と言われています。
ファビオ・ビオンディは、古楽集団ユウロパ・ガランテを長く率いて、ヴィヴァルディ中心に多くの録音を残しています。イタリア物では、かなり強気の演奏で新しいイタリア・バロックの魅力を引き出していましたが、ここではフランス物ですから、やはり優雅・典雅とでも言えるような響きを紡ぎ出します。
明らかに両国のバロックの違いを意識した演奏ですし、なるほどと思わせる素敵な演奏なので、フランスの扉を開く最初の一枚としてもお勧めです。
それにしても、ルクレール殺人事件の犯人は・・・怪しい人物は数名名前が上がりましたが、結局お蔵入りとなり謎は謎のままなのでした。