年末年始診療 12月29日~1月5日は休診します

年内は12月28日(土)まで、年始は1月6日(月)から通常診療を行います

2024年5月31日金曜日

月の満ち欠け (2022)

基本的に恋愛映画は苦手で、特に見ようなんて、これっぱかりも思っちゃいない・・・のですが、ひょんなことからたまたま見始めてしまったら、これが実によくできた映画なんです。純粋な恋愛ものではなく、成就できない純愛を巡って、夫婦の愛、親子の愛、そして家族を失った男の苦しみなどが複雑に絡み合うのですが、ちゃんと1本の糸によってしっかりと結びついた、ある意味ファンタジーと言えるストーリー。

原作は佐藤正午で2017年に直木賞を受賞した小説で、多くのヒット作を手掛けた橋本裕志が脚本、廣木隆一が監督を務めました。複雑なストーリーで、時間軸の移動も頻繁な難解なはずの映画を実にうまくまとめ上げています。

青森県八戸の漁港の市場で働く小山内堅(大泉洋)は、かつて東京で働き妻の梢(柴咲コウ)と娘の瑠璃(菊池日菜子)と幸せに暮らしていましたが、交通事故で梢と瑠璃を同時に失った悲しみで故郷に戻ったのでした。

ある日、堅のもとに写真家の三角哲彦(目黒連)が訪ねてきます。三角は、梢と瑠璃は自分に会いに来る途中で事故にあったといい、20年ほど前に思いを寄せていた正木瑠璃(有村架純)という女性のことを語りだしました。

まだ学生だった三角は、年上の正木瑠璃と偶然に知り合いました。しかし、正木瑠璃は既婚者で、何か深い悲しみに包まれていましたが、三角は恋をしてしまうのです。しかし、突然の事故により正木瑠璃は亡くなってしまいました。三角は堅に、小山内瑠璃は正木瑠璃の生まれ変わりなのではないかと言うのです。

堅が二人の墓参りに行くと、最後まで瑠璃の親友だった逢坂ゆい(伊藤紗莉)が来ていました。ゆいは今は結婚して母になっていました。そして娘の名前はるり(小山紗愛)だと告げます。人は月の満ち欠けのように、死んでもまた生まれ変わる。そして、生まれるとき、こどもは親を選んで生まれてくる。小山内瑠璃から、自分は生まれ変わる前の記憶が残っていて、どうしても三角と逢いたいという話を聞いていたと話すのです。

あらためて東京で、堅はゆいと7歳の娘のるりと会うのです。ゆいは、堅のかつての部下だった正木竜之介(田中圭)は正木瑠璃の夫で、家を出た瑠璃を追い詰めて事故死させた張本人であること、そして小山内瑠璃が生まれ変わりであると確信して追い詰めたことが、再び事故を引き起こした原因だと説明します。そして、初対面のはずのるりは、堅がずっと心に秘めていた瑠璃との思い出を指摘してくるのです。

そして、最後に、生まれ変わりは私だけではないと堅に伝えると、るりは三角と最後に約束していた場所にこれから逢いに行くというのでした。

ふだんボヤキまくって、人を笑わせる大泉洋が、ここでは渾身の泣きの演技を見せます。心から妻を愛してやまない男が、突然妻と娘を失い、幸福な毎日がいっきに崩れ去る。故郷に戻って平穏な生活をしているようですが、失った心を埋められず、新しい希望を見出すことができずにいるのです。

この主人公の心を理解するために、結婚から父になり、親子の日常の様子が過不足なく描かれていて、否が応にも感情移入せざるをえない。見ていても、るりの一つ一つの言葉に涙をこらえるのに苦労します。

三角と正木瑠璃の関係は、あくまでも三角の視点によって描かれるので、ずっと正木瑠璃は悲しみをたたえる謎の女性です。有村架純としては、比較的年上のおちついた女性を演じています。後半に夫との関係が語られて、はじてめ三角と結ばれたいと強く思う気持ちが理解できると、複雑だったストーリーが一気につながったような感じがしました。

撮影は八戸、東京のホテルなどのロケが中心ですが、映画の肝となる1980年頃の高田馬場駅前はオープンセット。高さで数mまでは本当に作られたものですが、それより上はCGで作られていて、当時の様子を知っている自分としては懐かしく嬉しくなってしまいました。

輪廻転生という、それだけだとホラー映画の素材になりそうなテーマですが、もう一度あの人に会いたいという切ない気持ちを表現するための道具の一つとして用いて、人間ドラマとしてまとめ上げた良作と言いたい映画でした。