2025年11月5日水曜日

横道世之介 (2013)

この奇妙な名前がタイトルの映画は、「国宝」の映画化で話題の吉田修一による小説が原作。そして、監督・脚本は沖田修一です。1987年に長崎から上京して東京で大学生生活を送ることになった一人の若者を通して描かれる青春グラフィティです。

明るい性格でお人好し、そしてちょっと横着者である横道世之介(高良健吾)は、入学してすぐに倉持一平(池松壮亮)と阿久津唯(朝倉あき)とともだちになり、サンバ研究会に入会します。一緒に上京してメディア研に入った小沢(柄本佑)とのからみで知り合った年上の片瀬千春(伊藤歩)に、男との別れ話をするため弟のふりをするように頼まれ、千春に一目惚れしてしまいます。

世之介は教室で加藤雄介(綾野剛)と知り合い、加藤のアパートにはエアコンがあったので、夏の間いりびたりになります。加藤に気がある女子の誘いでダブルデートになった世之介は、一緒に現れた与謝野祥子(吉高由里子)と知り合いました。祥子は富豪の娘で、運転手付きの車の送迎がある箱入りのお嬢様でした。

世之介が夏休みに長崎に帰省すると、祥子も実家にやって来て父(きたろう)・母(余貴美子)と仲良くなってしまいます。夜に海岸でいいところまでいった二人でしたが、ちょうどそこへベトナム難民のボートピープルが上陸してきて、世間知らずの祥子は大きなショックを受けるのでした。

新学期になって、大学に戻ると倉持が退学していました。倉持は唯と付き合っていたのですが、唯が妊娠してしまったため結婚して就職することになったのです。世之介は、当面必要な金を倉持に貸すことにします。

きちんと付き合うことにした世之介と祥子は楽しくクリスマスを過ごし、正月にスキーで祥子が足を骨折したことで、より一層絆が深まることになりました。バレンタインデーに世之介のポストに間違ってチョコが入っていて、初めて隣人の室田(井浦新)と話をし、室田がカメラマンであることを知ります。室田はお礼にとカメラを貸してくれたことで、世之介は写真を撮ることに夢中になり将来の仕事にするのでした。

それぞれの登場人物が16年後の「今」に、ちょっとしたことから世之介を思い出す構成で、メインのストーリーはそれぞれの人物の回想という形を取っている。前半で回想されるのは、世之介との楽しい思い出ばかりで、世之介のお人好しを笑って楽しめるものばかりです。

しかし、ほぼ真ん中でラジオのパーソナリティになっていた16年後の千春の登場から、物語の雰囲気はガラリと違った印象に変わってしまうのです。千春は今日のニュースを読み上げ、そこからディレクターにテンションが下がったと指摘されるのです。そのニュースは、地下鉄のホームから落下した人を助けようとして世之介も亡くなったというものでした。

これは2001年に山手線新大久保駅で実際に起こった人身事故がモチーフになったことはあきらかです。泥酔してホームから落下した男性を助けようとした日本人カメラマンと韓国人留学生が亡くなられた事件で、当時大きな話題になりました。もちろん「日本人カメラマン=世之介」ではありませんが、原作者に大きなヒントを与えたことは間違いない。

そのことを知らされた視聴者は、同じように語られているはずの後半のストーリーはも前半と正反対の悲しい思い出になってしまうのです。先ほどまで笑えていたエピソードと同じような話が続くにもかかわらず、油断すると泣けてしまうこの構成はすごい。

特別に何かすごいことを成し遂げたわけではないにもかかわらず、世之介と知り合った人々は、より幸せな人生を送っている。皆を笑顔にできる世之介のような人物の存在は、誰もがともだちにすべきとても貴重な存在だといえそうです。

沖田組からは高良健吾、黒田大輔が再登場しています。カットを少な目にしてシーンの印象を強くしたり、派手な音楽を使わない沖田流の映像手法は完成したと言ってよさそうです。160分という長尺の映画ですが、もっと世之介を見ていたい気分にさせられました。