2008年1月17日木曜日

医療はITバブルにはほど遠い?

医療の世界では、カルテという名前はドイツ語を語源としているわけで、英語で言えばカード card となります。日本語では診療録。つまり、診察の記録を記すものなのですが、カルテは完全に日本語化した言葉になっているわけで、単なる診療の記録を超えて医療機関が診療報酬を受け取るための根拠として公的文書の扱いとなりますし、ある意味究極の個人情報バンクとも言えるわけです。

従来は紙に書いて保存していたわけですが、平成13年に厚生省が「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」というのを発表して、電子カルテシステムの普及は医療の質と効率の向上に不可欠で、平成18年度までに6割の普及率を目指すとぶちあげました。

では、実際にはどうだったか。平成16年春までに病院1.3%、診療所2.5%、平成17年10月で病院5%、診療所6%という状態です。平成18年の診療報酬改訂では、これらのあまりの低普及率を受けて、電子カルテ加算という項目ができて普及を促進しようという方針が、再度確認されたといえるでしょう。

しかし、平成15年まであった電子カルテ導入に対する補助金が消失したこと、また電子カルテ加算も初診のみ30円という低設定では、とても普及率アップにはつながりません。それよりも、最大の問題は日本の医療システムにあります。

つまり、日本では、医師が診察とカルテ記載を同時に行うスタイルが定着しているため、電子カルテ導入により手書きに比べてコンピュータ操作に注がれる時間が多くなり、作業効率が著しく低下するわけです。特に、もともとコンピュータを使用していなかった年齢層でのアレルギー的な反応が顕著です。

アメリカでは医師に対して、カルテ記載などを担当する「秘書」のような存在が別にいて、診察と記録は別々の作業となり、電子化によりさらなる効率化が可能でした。さらに近年の診療の現場での書類の激増により、紙媒体の駆逐が不可能な状況に磨きがかかっているので、電子化導入のメリットがまったく見えてこないというのも事実ではないでしょうか。

それでも国は2010年までに、診療報酬請求の強制的なオンライン化を進めています。実際、4月から始まる今までの基本健診(誕生月に無料で受けることができる健康診断)に変わって特定検診という制度では、電子化を義務付けるとしています(実際、いまだに実務については未定の部分が多くどうなっているのやら。この辺の混乱はあざみ野棒屋先生が詳しいです)。

たとえば毎日20人の初診の患者さんがくるとしたら(あざみ野棒屋先生のところならいざ知らず、うちではありえませんが)、およそ年間5000人、30円×5000=15万円の増収でしかありません。電子カルテ導入には、だいぶ安くなったとはいえ、一般的には数百万円かかります。導入コストを回収するのに数十年かかることになります。ところが、コンピュータの減価償却は5年間(実際にはもっと早いでしょう)ですから、おそらく機器の更新すらままならないというのが現実です。ただし、もちろんカルテ保管スペースがほとんどいらない、事務員を減らすことができるので人件費が減らせる(その分医者の仕事量が増大するのですが)というメリットもあります。

こう書いていると電子化を否定しているような感じになりますが、もちろん自分のクリニックは電子カルテです。それによるトラブルで気が狂いそうな事態も何度も起きていますが、コンピュータ好きとしては、可能な限り紙媒体を減らし、自分の中では効率的な運用をしているつもりです。

しかし、このような現実の中では、絶対に必要なことはわかってはいても、全体がすぐに電子化導入するという状況は考えにくいので、相当なてこ入れがない限りは、さらなる医療界の疲弊化につながる危惧があると考えているのは自分だけでしょうか。患者さんと向き合うことが医療なのであって、事務作業のために医療の質が変わることは本末転倒になりかねません。

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