ギドン・クレメールは、現代クラシック音楽界では最高のヴァイオリン奏者の一人。2016年に高松宮殿下記念世界文化賞を受賞しニュースにもなったので、名前を聞いたことはある人が少なくないのではないでしょうか。
1947年、旧ソビエト連邦のラトビア生まれですが、旧体制の厳しい芸術に対する規制を嫌い、主として海外での活動を中心に、多くの名演を残しています。
自分が最初にこの名を記憶に遺したのは、マルタ・アルゲリッチと共演したベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタです。本当に火花が散るような掛け合いは、楽譜がある音楽としては驚きの演奏でした。また、シューベルトの楽曲での、あまりにも見事な弱音にも感動しました。
ただ、芸術家としての妥協の無いとんがった部分がしばしば衝突にもなっているようで、クラウディオ・アバド指揮、ロンドン交響楽団との「四季」旧録音(1981)では、アバドと解釈を巡って対立し、後に著作の中でアバドを無能と書いたことは有名。他にも意見対立からお蔵入りになった企画も多数あるようです。
アバドとの「四季」は、本人の意向はともかく、人気者の共演とあってレコード会社は名盤扱いして何度も再発売されていますが、基本的に交響楽団と「四季」を演奏すること自体に無理があるわけで、クレメールの上手さは多少伝わる程度で、それほど良い物とは思えません。
さて、クレメールは90年代なかばから、アルゼンチン・タンゴの作曲・演奏家であるアストル・ピアソラに傾倒し、続けざまにCDをリリースしました。その中の一枚がこれ。「8つの季節」というのは、ヴィヴァルディの「四季」にピアソラの各季節にまつわる曲を交互に配した構成になっているから。
本当の目的はピアソラでしょうから、このアルバムでクレメールの「四季」を聞くのは正しくないのかもしれませんが、何しろヴィヴァルディの部分で38分、ピアソラで25分なので、知っているヴィヴァルディの方に耳が向いてしまいます。
共演するのは手兵のクレメラータ・バルティカで、古楽でもモダンでもない、独自のクレメール流という感じがします。やや早めの演奏で、一音一音を区切って、プツプツした感じは独特で好みが分かれそうなところ。もしかしたら、タンゴの歯切れの良さみたいなものを取り入れたのかもしれません。
まぁ、正直言って、雰囲気が違うので、ヴィヴァルディかピアソラか、どちらかに統一してくれた方が聞きやすいかなと思います。