イタリアの16~18世紀の音楽は、モンテベルディとヴィヴァルディの二人の有名人だけ知っていれば事足りると思っていました。さすがに浅はかな考えであったと、大変反省しています。それぞれの作曲家にいろいろと個性があり、音楽史の中で無視できない大事な作品がいろいろとあるんですね。
ピアノの進歩は古典期以降のドイツに譲るものの、弦楽器、特にヴァイオリンについてはバロック期のイタリアでほぼ完成したと言えそうです。優れた作曲家は同時に優れた演奏家であって、自らの演奏技術を誇示することが音楽家として地位に影響したわけです。
ピエトロ・ロカッテリは1695年生まれで、その存在が忘れられていない最大の理由がこの「ヴァイオリンの技芸」と呼ばれる作品。
それぞれが3楽章の12曲のヴァイオリン協奏曲から構成される作品で、全部で3時間半くらいを要します。合奏部分は、実にシンプルでそれほど手の込んだことはしていないので、そこだけ聞いていると軽いBGMにしかなりません。
ところが、これらの作品のすごいところは、1曲の中の2楽章にヴァイオリン独奏のカデンツァが組み込まれているところ。カデンツァは楽章の終結部に演奏者の独奏部分のことで、即興的な自由が許されています。実際は有名になった演奏が、譜面に取り入れられていることが多いようです。
有名なのは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の第1楽章。ラフマニノフ自身が超高度なテクニックを要する大カデンツァを作っていますが、一般人向け的な小カデンツァもあり、どちらを披露するかは演奏者の選択に任されています。
ロカテッリの作品では、何とこのカデンツァが長い。ほぼカデンツァのために合奏部分を取って付けた、と言っても過言ではないくらいのもの。1曲3楽章に含まれる2か所のカデンツァだけで演奏時間の半分くらいをしめています。
合奏部分を廃して、このカデンツァだけを演奏する演奏会やCDもあるようです。でも、たいしたものではないかもしれませんが、合奏があってからの独奏だから目立つわけで、最初からカデンツァだけだとヴァイオリン・サーカスみたいなので、やはり全曲で聞くのがおすすめです。
フル・ヴァージョンとしては、古くはイ・ムジチ合奏団のCDもあるのですが、やはり古楽器による古楽奏法で聴きたい。こういう時に重宝するのが、イタリア本来のイタリア人によるイタリア人の音楽をしっかり再現していくことを使命としている「Dynamic」というレーベル。
独奏者のルカ・ファントーニはあまり情報が無く、世界的には知られていない人のようですが、カデンツァ部ではバカテクを披露していて十分に聴き応えがあります。CD一枚に4曲ずつで、CD3枚で全曲を聞くことができます。
後に、この全部で24あるカデンツァ部をヒントに、独立した独奏曲集を作ったのがニコロ・パガニーニの超有名な「24カプリース」です。さあ、ヴァイオリンの歴史の一ページを飾る至芸を堪能しましょう。