アルバムのタイトルは「False Consonances of Melancholy」で、和訳すると「憂鬱な疑似協和音」という何とも理解しがたいもの。作曲者はニコラ・マティスで、この人も資料が乏しく謎めいています。
生まれたのは1650年頃らしい。自分を「napolitano」と表現していたらしいので、ナポリ出身のイタリア人なのかもしれない。成人するとロンドンにやって来て、イギリスで成功したイタリアのヴァイオリン奏者の初期の一人となります。亡くなったのも1713年頃としかわかっていません。
当時のイギリスはフランス風のヴァイオリン演奏が主流でしたが、マティスによって現代につながるイタリア的な演奏法が根付いたと言われています。マティスは初学者のために、楽譜に詳細な演奏法の注釈を書き入れたので、これがずいぶんと役に立ったらしい。
比較的早くに引退してしまい、残された作品も少ないので、ほとんど人々の脳裏からは忘れ去られた存在になってしまい、再発見されあらためて評価されたのはこの数十年前の話です。
このアルバムに収められているのは、マティスの「ヴァイオリンのためのエアーズ(アリア)」とタイトルされた曲集の第1集で、副題には「すべての手と能力に適合する二重構成」となっていることから、ある種の練習曲集と考えられます。
実際、一つが1~2分程度のさまざまな形式のヴァイオリンのための音楽が寄せ集められた感じの物ですが、おそらく全部を弾きこなせばどんな場面でも困らないということらしい。
注目のバロック・ヴァイオリン奏者のアマディーヌ・ベイエは、手兵のリ・インコーニティからメンバーを選りすぐってこの曲集を演奏しています。技巧に走らず、落ち着いて曲に命を吹き込むような演奏で、バラバラの短いフレーズがまとまった大曲のように聞こえるのが不思議です。