シュロモ・ミンツは、1957年にモスクワ生まれ、2歳でイスラエルに移住し、何と11歳でズビン・メータ指揮イスラエル・フィルと共演しデヴューという早咲きの天才ヴァイオリン奏者です。
巨匠アイザック・スターンも直接指導に携わり、各地の音楽祭に招かれ、1980年にドイツ・グラモフォンからレコード・デヴューも果たしました。次々に高評価されたアルバムを出しましたが、90年代に入ると録音活動を休止してしまいます。
かつてグレン・グールドは「コンサート・ドロップアウト」と呼ばれる、王道の人気曲の演奏ばかりを求められ、世界中に呼ばれ疲弊する演奏会活動を一切やめてしまいました。亡くなるまで、スタジオにこもってのレコード録音だけで巨匠としての評価を維持したことは有名です。
ミンツも30代になり、音楽の芸術活動と商業的価値観との狭間に何らかの疑問を持つようになり、グールドとは逆に「レコード・ドロップアウト」し、教育と時折ステージに上がることに専念するようになったのだと思います。
しかし、「巧い奏者は大勢いるが凄いのはミンツだけ」と言われ、ほとんどレコード、CDの新しい物が無いのに関わらず、聴衆は言うに及ばず、多くのヴァイオリン奏者からも現在も尊敬され続けていることは驚きです。
このミンツのバッハも高い評価を受けており、古楽奏法がまだあまり知られていない80年代前半のバッハ演奏としては、まさに最高ランクに位置する録音だろうと思います。
ゆったりとしたテンポで、一音一音をしっかりと丁寧に弾き切る。まったくブレの無いヴィブラートが、長音符の美しさを際立てます。録音の良さもあるのでしょうが、本当に音の歪みが無く、それでいて滑らかな運指は素晴らしいの一言に尽きます。