推理作家、横山秀夫の代表作の一つが「半落ち」です。2002年直木賞候補となりながら、選考委員会が一方的に内容に「事実誤認」があるとし落選、議論を巻き起こしました。監督は佐々部清。2005年日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀主演男優賞を受賞しています。
半落ちは警察用語で、容疑者が自供することを「落ちる」と呼び、すべてを話せば「完落ち」、まだ何かを隠している場合を「半落ち」といいます。
群馬県警本部に、優秀で人望のある警察官、梶聡一郎(寺尾聡)がアルツハイマー病が悪化していく妻、啓子(原田美枝子)を殺害した三日後に自首してきました。捜査一課指導官の志木(柴田恭兵)が取り調べに当たりますが、殺害事実については簡単に供述するものの、自首するまでの二日間のことについては黙秘するのでした。
志木はその二日間に歌舞伎町に出かけていたらしいことを突き止めますが、警察上層部は警察官による殺人事件というスキャンダルを怖れ、妻に「殺してくれ」と頼まれやむをえず行った嘱託殺人として早期に決着をつけようとします。圧力に屈しそうになる志木を見て、梶は自ら「妻に頼まれた。二日間は死に場所を探して街を彷徨っていた」と供述するのでした。
梶は地検に送致され、担当する佐瀬検事(伊原剛志)は梶の供述に疑問を感じ、上司である小国検事正(西田敏行)に供述書は捏造ではないかと進言します。しかし、ちょうど検察事務官の犯罪が露見したばかりで小国は佐瀬の動きを抑えるのでした。
地方新聞社の中尾洋子(鶴田真由)は、偶然佐瀬と警察のやり取りを聞いてしまい、双方が公にしたくない事実を隠蔽している疑念を持ちます。
弁護士の植村(國村隼)は、人権弁護士として名を上げたいがために、妻の姉、康子(樹木希林)から弁護依頼を取り付け梶に接見しますが、ほとんど何も語ってもらえません。逆に梶は退室間際に「あなたには守りたい人はいますか」と尋ねるのでした。
志木や中尾らが少しずつ調べていくと、梶夫妻には白血病の息子がいましたが、骨髄移植のドナーが見つからず亡くなっていたことがわかります。啓子のアルツハイマーは息子の死後に始まり、急激に悪化していました。夫妻は死んだ息子のためにと、骨髄バンクのドナー登録をしていました。
そして実際に梶がドナーとなり骨髄を提供していましたが、規則によって移植相手はお互いに知らされません。しかし、たまたま新聞に載ったドナー対する感謝の手紙によって、夫妻は移植相手を確信し、その少年が元気になったことで、二人は息子が帰ってきたかのように喜んでいたのです。
裁判官の藤林(吉岡秀隆)は、自らも元裁判官であった父親の認知症の介護をしていました。藤林は、認知症だからと言って殺してしまうことには大きな疑問を感じていました。しかし、裁判所もこの事件についてはあまり深入りしようとはせず、早々に結審する方針だったのです。
当然、警察、検察、弁護士、裁判所内部の思惑、あるいはスクープを狙う新聞記者そのものが、この作品のテーマではありません。人は何のために生きているのか、それぞれが守りたいものは何なのか、というかなり重厚な問いかけが語られます。
とは言っても、簡単に答えが出るものではありませんし、人それぞれ立場が違えば正解は必ずしも一致するようなものではない。2時間の映画では、ストーリーを追うだけで精一杯ですし、それもかなり駆け足ですから、二日間の謎の解くための足掛かりも簡単に手に入るような印象です。
ただ、それぞれに演技力のある実力派俳優を揃えたことで、うまく映画として落とし込んだ出来栄えと言えそうです。もっとも、そこが俳優に頼り過ぎた映画と言う評価になることも否定できません。また、原作の問題かもしれませんが、物語の根幹である謎を隠し通すことの重要性については、多少弱いと言う印象はぬぐえませんでした。