夜は涼しくて、秋らしさが深まってきました。キリスト教の教会歴は、三位一体節後が続いていて、第14主日まできました。
バッハがこの日のために用意したカンタータは、やはり3つ残っています。
BWV25 汝の怒りによりてわが肉体には全きところなく(1723)
BWV78 イエスよ、汝はわが魂を(1724)
BWV17 感謝の供えものを献ぐる者は、われを讃う (1726)
いずれもライプチッヒ時代のもので、いずれも合唱から入って、レチタティーボとアリアが交互に登場してコラールで締める、典型的なタイプ。
実は、ここまであまり歌詞については言及してこなかったのですが、それというのもドイツ語がわからないというところから始まります。
そして、最も重要なことはキリスト教信者ではないものにとっては、その内容を理解するためには、世界史、特にヨーロッパ史を2000年分勉強しないといけないという難題があるからです。
その中でも、ユダヤ教の教義と旧約聖書、イエスの生涯、その教えがつまった新約聖書を理解するということは、並大抵のことではありません。
客観的に考えて、あらすじくらいは知っておきたいとは思いますが、そこに時間を費やすより、音楽的な部分に集中するほうがはるかに簡単です。
BWV25は、ヒトの罪を病気にたとえて切々と説いていく内容らしいのですが、おそらく日本語訳で歌ってもらっても、なかなか理解できるものではないでしょう。
BWV78の2曲目はアルトとソプラノのデュエットなんですが、これが軽快なリズムにのって、実に楽しげに絡み合います。イエスの顔を見ていると、とっても楽しいというような内容通りに、見事なデュエットです。
BWV17も、タイトルからして意味がよくわからない。そもそも最初の合唱は、歌詞は18単語しかないのですが、これをいろいろなバッハのテクニックで、ヒトの声を「楽器」として様々なパターンで処理していくのが楽しい。
一巡した後は、歌詞についても吟味しながら聴きたいと思いますが、今はこのくらいで許してもらいたいものです。