昭和人は渥美清を知らない人はいない。いたらもぐり。何と言っても、映画「男はつらいよ」シリーズで「フーテンの寅さん」を演じ続けた国民的大スターです。
渥美清は昭和3年(1928年)、上野に生まれたチャキチャキの江戸っ子。終戦後に、芝居小屋の下働きをしているうちに喜劇役者として頭角を現します。昭和43年テレビ・ドラマとして作られた「男はつらいよ」が好評で、翌昭和44年映画化。平成7年までに、実に48作品を世に送り出し、長編映画のシリーズとしてギネス記録になっています。
平成3年に肝臓がんを発症、肺転移も起こし、平成8年8月4日亡くなりました。「男はつらいよ」シリーズ、最後の2本は病気による体力消耗が激しく、気力だけで撮り終えた作品でした。
プライベートはほとんど公にしなかったため、その人となりはあまり知られていません。しかし、俳句を趣味としていろいろな句会などにも参加していたため、多くの俳句が残されています。 俳号は「風天(ふうてん)」でした。
赤とんぼじっとしたまま明日どうする 渥美清
秋の季語「赤とんぼ」が、何かの枝先とかに止まっている様子。じっとしていて、明日はどうしようかなぁと考えているのかと想像して楽しくなっている感じがします。
朝寝して寝返りうてば昼寝かな 渥美清
「朝寝」は春の季語で、「昼寝」は夏の季語。朝、布団から出れずにもう一寝入り。ゴロっと寝返り打ったら、もう昼だったというところ。春から夏へ、あっという間に季節が過ぎていくというのは詠みたかったのかもしれません。
好きだからつよくぶつけた雪合戦 渥美清
「雪合戦」は冬。こどもの頃は、好きな子がいたりすると、照れ臭いのでかえっていじめたみたいなことはよくあります。素直な気持ちをストレートに詠んだ句で好感が持てます。
案山子ふるえて風吹きぬける 渥美清
「案山子(かかし)」は秋の季語。風が吹いて案山子が震えるのではなく、案山子が震えてことで風が吹き抜けると感じた所が面白い。渥美清は、生前、自由律俳句の尾崎放哉に興味があり演じてみたいと考えていたらしく、俳句でも自由に自分の感想・感情を詠んでいるのが特徴としてありそうです。
やわらかく浴衣着る女のび熱かな 渥美清
夏の季語「浴衣」を用いた、かなり色気のある句。それはそれで惚れっぽい「寅さん」らしいのかもしれません。
すだれ打つ夕立聞くや老いし猫 渥美清
夏の季語「夕立ち」のような風情は、最近では集中豪雨となってしまいました。夏の暑い太陽が西に傾き、一転空かかき曇って大粒の雨がすだれを打つ音が聞こえ始めます。あー、いかにも昭和だなとおもっていると、その音を聞いているのが老猫だというオチが気に入りました。
お遍路が一列に行く虹の中 渥美清
夕立がおさまると見られることが多いので、「虹」は夏の季語とされています。霊場を巡って歩く白装束のお遍路さんの列を、たぶん後ろから見ていて遠ざかっていく光景だと思うのですが、その上に虹が出ていたという、ある意味、俳句らしい俳句。
どの俳句も、素朴な余韻を残すものばかりで、終生「寅さん」であり続けた渥美清は、実像でも寅さんだったのか、あるいはなってしまったかのようです。身近なことがらを。俳句にする独特のセンスは、誰の真似でもなく本人の人柄から来ているのでしょう。