2022年12月11日日曜日

俳句の鑑賞 48 大野林火


大野林火、本名、大野正は 明治37年(1904年)、横浜市出身の俳人です。中学生の頃から俳句を始め、昭和2年、東京帝国大学を卒業し、昭和5年に県立商工実習学校(現横浜創学館高等学校)の教師となりました。

昭和14年に初の句集を刊行し、「馬酔木」の水原秋櫻子らと交流を通じて本格的に俳人として活動するようになります。終戦後、俳誌「濱」を主宰、「俳句研究」や角川「俳句」誌の編集長を歴任し活躍し、昭和57年、78歳で亡くなりました。

雁や市電待つにも人跼み 林火

戦後の混乱期の市中を詠んだもの。ここでは「跼み」は「かがみ」と読みます。遥か上空を飛び去っていく雁と、混乱の中でいつ来るともわからぬ市電(おそらく路面電車)を待っている人々は、寒さにかがんで辛抱強く待ち続けているという光景が対比されています。

冬雁に水を打つたるごとき夜空 林火

きっと林火は空を見上げている時間が好きだったのではないかと思うのですが、この句でも雁がゆったりと上空を滑るように飛んでいる様子が見えてきます。

蔦紅葉巌の結界とざしけり 林火

「巌」はしばしば信仰の対象になる巨石のことで、蔦紅葉が生い茂ってまるで結界を作っているように見えるということ。深い森の中の幻想的な光景が思い浮かんできます。

雪の水車ごつとんことりもう止むか 林火

「ごっとん、ことり」という擬音が童謡のような楽しさ、懐かしさを醸し出しています。雪が積もって、動きを鈍くした水車ですが、「あー、止まっちゃう・・・あら、また動いた」という愉快な句。

風立ちて月光の坂ひらひらす 林火

「風立つ」は、一陣の風がすーっと吹き抜ける様子。月の光に照らし出される坂道が、その風によってゆらゆらと揺れたように見えたということでしょうか。静けさが一瞬乱れて、またもとに戻るような観念的な「ゆらぎ」を言葉にした感じがします。

「ホトトギス」との関係はありませんが、基本的に有季定型、自然を素直に豊かな叙情性を持って詠む作風と言われています。難解な言葉を使うわけではありませんが、じわーっとしみ出る余韻を残すような句に好感を持てました。