2022年12月5日月曜日

俳句の勉強 61 暦とずれがある季語

細かいことを言えば、日本で使われてきた暦はけっこう変更されています。平安時代の途中から使われるようになった宣明歴(せんみょうれき)は、約800年の間、最も長く使われましたが、江戸時代なかばからは4回も使われる暦が変更され、最後の天保歴がいわゆる旧暦と呼ばれている最後の物になります。

旧暦は太陰暦と呼ばれ、月の満ち欠けを基本として成り立っていましたが、時代は明治となり、維新政府の都合もあって西洋と同じ太陽暦を使用することに決定されました。明治5年12月2日をもって天保歴を廃止し、翌日はグレゴリオ暦(新暦)を使用した明治6年1月1日となりまし。

結果として、新暦と旧暦では実際の季節の変化として1か月くらいのずれが生じることになります。さて、そこで俳句で問題になるのが季語の扱い方です。季語が本格的に整備されるのは明治以降ではありますが、当然芭蕉らの江戸時代から旧暦に沿った形で知られていた旧暦を基にした四季・二十四節気・七十二候をもとにした言葉なので、旧暦の区切りをそのまま使用しているのです。

当然のことながら、体感的には冬なのに春、春なのに夏、夏なのに秋、秋なのに冬といったずれが生じていて、これがけっこう混乱する要因になっています。旧暦で考える季語の季節分けは、現在の新暦で1月~3月が春、4月~6月が夏、7月~9月が秋、そして10月~12月が冬となります。新暦との間には2か月のずれがある。このあたりは、伝統を守るという考え方もありますが、俳句が旧態然とした進歩を制限する悪習ということも言えそうです。


バレンタインデイと言えば、男性諸氏がうきうきする真冬の寒い時期のイベントですが、こういう昭和になって根付いたものでも、季語として「バレンタインの日」を使う場合は初春です。

バレンタインデー心に鍵の穴ひとつ 上田日差子

罪のなき嘘の煌めくバレンタイン 高見悠々

まぁ、どちらも何となくわかりますよね。これは生活・人事に関する事なので、ちょっと間違えると川柳になってしまいそうですが、寒い時期だからと言って寒さを表すようなものを入れ込んではいけません。

青柳の泥にしだるる汐干かな 芭蕉

汐干狩夫人はだしになりたまふ 日野草城

「潮干狩(汐干狩)」は初夏の風物詩というイメージですが、これは晩春の季語。つい、うっかり「海」とか使いたくなりますが、「海」は夏の季語で季違いの季重なりになってしまいます。

五月雨や大河を前に家二軒 蕪村

五月雨や湯に通ひ行く旅役者 川端康成

五月雨といえば、字のごとく五月の雨。普通なら春。ところが季語は仲夏です。「さみだれ」または「さつきあめ」と読みますが、「ごがつあめ」とは言わない。五月雨は梅雨の事ですから、「空梅雨」、「走り梅雨」、「送り梅雨」なども夏の季語なので注意が必要。夏の風物詩として定着している「七夕」、「盆踊り」は夏ではなく秋。食べ物だと、スイカ、枝豆、トウモロコシなども夏っぽいけど、全部秋の季語になります。

降る雨も小春也けり知恩院 一茶

小春日や鹽り青き蟹の甲 水原秋櫻子

一般には小春日和というと、春の暖かさとしてはちょっと寒い気候と想像する人もいますが、それは間違い。小春は陰暦10月の別称で、春のように暖かい日のことをさします。陰暦10月ということは初冬の季語になる。

他にも探せばたくさんこのような例は出てきますが、季語は少ない文字でしっかり情景を伝えるために機能しているので、面倒でもその役割を尊重しないと独りよがりな俳句になってしまうということです。