2024年9月11日水曜日

パラリンピックで思ったこと


先週末に、パリで開かれていたパラリンピックが終了しました。いろいろ日本の選手たちも頑張った結果は、ニュースなどで伝わってきましたが、どうしてもオリンピックに比べると、パラリンピックの情報は需要も供給も低調と言わざるを得ません。

今回の大会で、注目された発言として、男女のテニス選手の発言があります。女子シングルスと女子ダブルスで金メダルを獲得した上地結衣選手は、出発にあたって「私はパラリンピックに参加しません。競争します。」と宣言しました。

これは、ただ出ればいいというものではなく、身体障害に関係なく競技者として勝利を目指すということだと思いますが、彼女が世間の目をどのように感じているかを端的に示したものなのかもしれません。

男子シングルスで金メダル、男子ダブルスで銀メダルを獲得した小田凱人は、出場試合のテレビ放映が無いことにがっかりした発言をしました。この発言を受けてか、急遽NHKが放送したということが話題になりました。

パラリンピックそのものに対する世間の関心の低さを憂いたわけですが、それでも二人とも最高の結果を残したことは、大変素晴らしい事だと思います。

正直、自分もパラリンピックに関心が高いとは言えません。オリンピックに比べると、ニュースなどを注目する割合はだいぶ下がってしまいす。ニュース量が少ないということもありますが、根本的に競技に参加できる条件がよくわからないというところがあります。

身体障害の程度は人様々で、例えば義足の短距離では、そもそも使用する義足の種類によっても能力差が歴然と出ることが想像できます。そこをどうやって同じ土俵で勝負するのかというも公平性がよくわからない。

脊髄損傷と言っても、脊髄のどの場所で麻痺が発生するかで、使える筋肉は大きな差が出てきます。背骨一個分違うだけで、可能なスポーツは変わってくるし、時にはスポーツそのものもまったくできないということだってあります。

また、自分も含めて少なくとも健康な人からすると、その障害があることでどれだけ大変なのかというのは理解が難しい。健康なアスリートとはまったく異なる努力があるだろうことは間違いないのですが、具体的に想像することはできないというのが本音です。

小田選手が「障害者でなくても車椅子テニスに参加」したらどうかというような発言もしていましたが、確かにパラリンピック競技を理解するための方法としては有効かもしれない。障害者としてくくられることは、彼らも本望ではないでしょうから、障害とかジェンダーとかのいろいろな問題を超えて、誰もが競い合うことが理想なのかもしれません。