ボブ・ディランの「The Bootleg Series」については、関連するアルバムの項目で度々触れてきましたが、あらためて全体を整理しておきたいと思います。
本来、アーティストが世間に聴いてもらう、見てもらうために収録・制作・承認し、正規のレコード会社が公式に発売するものだけが、法的にも著作物として守られていきます。このような過程を無視して発売されるメディアが、一般に「海賊盤 (bootleg)」と呼ばれます。ディランのこのシリーズは、SME (Sony Music Entertainment)からコロムビア・レーベルの下に発売されているもので、当然海賊盤ではありません。
ディランの場合、1969年に「Great White Wonder」と呼ばれる、おそらくポピュラー音楽界で世界初となる海賊盤が登場して以来、コロムビア・レコードは数多くの次から次へと現れる多くの海賊盤に頭を悩ませてきました。
コンサート会場で密かにマイクで収録された音源は、一般に周囲の客の歓声が混ざっていたり、籠った音質で聞き取りにくく劣悪なものが多く、よほどのマニアでないと手を出さないものでした。ところが、会場の音響を調節するためのPA機器から出力されたもの(サウンドボード録音と呼ばれます)は、通常のライブ録音と変わりがない良好な音質なので、比較的誰でも聴いて楽しめるのです。これはコンサート・スタッフに協力者がいることになります。
また、一番困るのはスタジオでの正規のセッション・テープの流出です。通常、20世紀には磁気テープに録音するアナログ方式が主流でしたが、セッションが始まるとテープは回しっぱなしで、リハーサルやミス・テイク、途中の会話なども収録されています。最終的にはこの中からマスター・テイクが決められ、各楽器などの音量を調節してミックスする工程を経て完成になります。
収録時のディランは、当初から繰り返し同じ曲を演奏するのが好きではありませんでしたが、発表されたもの以外に演奏はしたけどボツにした楽曲(いわゆるアウトテイク)がたくさんあることが知られています。流出したテープには、誰も聴いたことが無かった未発表の楽曲や、発表されたものとはアレンジが異なる演奏がたくさんあり、当然これらも海賊盤の格好の餌食になるのです。会社の中に裏切り者がいるわけですが、これがマニアには当然喜ばれることになります。
コロムビア・レコードは、1970年の「Self Portrait」、1971年の「Greatest Hits Vol.2」、1973年の「DYLAN」などに、未発表だった音源を収録して好評を得ていましたが、1985年の「Biograph」で多くの蔵出し未発表音源をまとめて投入したところ、このような楽曲に対するマニアだけでなく、一般のニーズがかなりあることがはっきりしました。
であれば、手元にある膨大な未発表音源からすでに海賊盤として出回っているものも含めて、きちんとマスタリングして少しでも聴きやすくしたものを公式に発売することで、海賊盤の価値を無くし駆逐できるだろうと考えました。そうして登場したのが「The Bootleg Series」、つまり公式の「海賊盤」というわけです。
コロムビア・レコードでは、同様の企画はマイルス・デイビスでも行われていますが、ディランの場合は質的・量的に圧倒的です。しかも単なる未発表だったライブ音源よりも、スタジオでの未発表アウトテイクが中心になっているため、場合によっては公式アルバムと同等か、それ以上に価値がある音源の宝庫と言えます。
▶ The Bootleg Series Volumes 1–3 (Rare & Unreleased) 1961–1991
リリース: 1991年3月26日 規格: 3×CD、3×カセット、5×LP、ダウンロード
シリーズ第1弾。特別なテーマで選曲されたわけでなく、その時点での様々なセッションからアウトテイクを数曲ずつ集めたもの。CD3枚組で、それぞれがVol.1、2、3とカウントされています。登場した時は、ファンが狂喜する内容でしたが、今となっては、アウトテイクの「目次」みたいなものなので価値はだいぶさがってしまいました。
▶ The Bootleg Series Vol. 4: Bob Dylan Live 1966, The "Royal Albert Hall" Concert
リリース: 1998年10月13日 規格: 2×CD、2×LP、ダウンロード
1966年、The Hawks(後のThe Band)を引き連れてのイギリス・ツアーで、伝説となっている観客から「ユダ!!」と野次が飛んだ時のライブです。タイトルで会場がロイヤル・アルバート・ホールとなっているのは、初出の海賊盤からの間違いで、実際はマンチェスターのフリー・トレード・ホールで収録されたものです。海賊盤を尊重してか、そのままにしているところが面白い。この時の本当のロイヤル・アルバート・ホールでのライブを含めて、このツアーのすべてがボックスで発売されています。
▶ The Bootleg Series Vol. 5: Bob Dylan Live 1975, The Rolling Thunder Revue
1966年、The Hawks(後のThe Band)を引き連れてのイギリス・ツアーで、伝説となっている観客から「ユダ!!」と野次が飛んだ時のライブです。タイトルで会場がロイヤル・アルバート・ホールとなっているのは、初出の海賊盤からの間違いで、実際はマンチェスターのフリー・トレード・ホールで収録されたものです。海賊盤を尊重してか、そのままにしているところが面白い。この時の本当のロイヤル・アルバート・ホールでのライブを含めて、このツアーのすべてがボックスで発売されています。
▶ The Bootleg Series Vol. 5: Bob Dylan Live 1975, The Rolling Thunder Revue
リリース: 2002年11月26日 規格: 2×CD、2×CD+DVD、3×LP+7インチ、ダウンロード
▶ The Bootleg Series Vol. 6: Bob Dylan Live 1964, Concert at Philharmonic Hall
リリース: 2004年3月30日 規格: 2×CD、2×SACD、3×LP、ダウンロード
1964年10月のいわゆる「ハロウィン・ライブ」で、海賊盤として人気があったもの。ジョーン・バエズとのデュエット・パートも含み、エレキ化する前の最後のアコースティック・ライブとして有名です。
1964年10月のいわゆる「ハロウィン・ライブ」で、海賊盤として人気があったもの。ジョーン・バエズとのデュエット・パートも含み、エレキ化する前の最後のアコースティック・ライブとして有名です。
▶ The Bootleg Series Vol. 7: No Direction Home: The Soundtrack
リリース: 2005年8月30日 規格: 2×CD、4×LP、ダウンロード
交通事故で隠遁生活に入るまでを克明に追ったドキュメンタリーのサウンドトラックとして登場したもので、映像の中では断片的に使われた演奏をフルレングスで聴くことができます。
▶ The Bootleg Series Vol. 8: Tell Tale Signs (Standard Edition)
リリース: 2008年10月6日 規格: 2×CD、4×LP、ダウンロード
▶ The Bootleg Series Vol. 8: Tell Tale Signs: Rare and Unreleased 1989–2006 (Deluxe Edition)
リリース: 2010年10月19日 規格: 3×CD+7インチ、ダウンロード
ここからはテーマ別にそれぞれのセッションのアウトテイクを網羅的に集めたものになりました。またできるだけたくさん収録したデラックスとCD2枚を基本としたベスト盤的なスタンダードが同時に発売されています。
ここでは1989年から2006年、「Oh Mercy」から「Modern Times」までのセッション、および映画のサウンドトラック用のセッションなどからアウトテイクが収録されました。未発表だった曲の中に高い評価を得るものも含まれています。
ここでは1989年から2006年、「Oh Mercy」から「Modern Times」までのセッション、および映画のサウンドトラック用のセッションなどからアウトテイクが収録されました。未発表だった曲の中に高い評価を得るものも含まれています。
▶ The Bootleg Series Vol. 9: The Witmark Demos: 1962-1964
リリース: 2010年10月19日 規格: 2×CD、4×LP、ダウンロード
キャリア初期に自作曲を取り急ぎ楽譜にして出版できるようにと、デモ音源を録音したものを集成しています。ウィットマークは出版社の名前です。しっかりとしたレコーディングではないですが、若い者の勢いが感じられる録音になっています。
キャリア初期に自作曲を取り急ぎ楽譜にして出版できるようにと、デモ音源を録音したものを集成しています。ウィットマークは出版社の名前です。しっかりとしたレコーディングではないですが、若い者の勢いが感じられる録音になっています。
▶ The Bootleg Series Vol. 10: Another Self Portrait (1969–1971) (Deluxe Edition)
リリース: 2013年8月23日 規格: 4×CD、ダウンロード
▶ The Bootleg Series Vol. 10: Another Self Portrait (Standard Edition)
リリース: 2013年8月27日 規格: 2×CD、3×LP+2×CD、ダウンロード
一般には、いろいろな曲がとっちらかったような印象を与え、あまり評判が良くなかった「Self Portrait」を復権させたシリーズです。特にワイト島でのライブの全貌が収録されたことは大きく、この時期のディランを語るうえで重要な音源になりました。ただし、4枚組CDの一枚はオリジナルのリマスターを丸々収録というのは、枚数かせぎとして批判されたのが残念です。
一般には、いろいろな曲がとっちらかったような印象を与え、あまり評判が良くなかった「Self Portrait」を復権させたシリーズです。特にワイト島でのライブの全貌が収録されたことは大きく、この時期のディランを語るうえで重要な音源になりました。ただし、4枚組CDの一枚はオリジナルのリマスターを丸々収録というのは、枚数かせぎとして批判されたのが残念です。
▶ The Bootleg Series Vol. 11: The Basement Tapes Complete (Deluxe Edition)
リリース: 2014年11月4日 規格: 6×CD、ダウンロード
▶ The Bootleg Series Vol. 11: The Basement Tapes Complete (Standard Edition)
リリース: 2014年11月4日 規格: 2×CD、3×LP+2×CD、ダウンロード
ウッドストックでの隠遁生活の最中に、The Bandのメンバーと自由なセッションを繰り広げていたのは有名な話です。すでに2枚組の公式アルバムとしてリリースされていましたが、それはロビー・ロバートソンが、ある程度商品として成り立つように多くのオーバーダビングを施したものでした。
家庭用テープレコーダーでの録音なので、最低限のリマスターはしてありますが、追加の音はいっさい排除した生のセッション音源として6枚のCDにほぼその全貌が収録されたことは、大きな意義がありました。
▶ The Bootleg Series Vol. 12: The Cutting Edge 1965–1966 (Deluxe Edition)
リリース: 2015年11月6日 規格: 6×CD、ダウンロード
▶ The Bootleg Series Vol. 12: The Cutting Edge 1965–1966 (Standard Edition)
リリース: 2015年11月6日 規格: 2×CD、3×LP+2×CD、ダウンロード
▶ The Bootleg Series Vol. 12: The Cutting Edge 1965–1966 (Collector's Edition)
リリース: 2015年11月6日 規格: 18×CD
アコースティックからエレクトリックに移行した「Bringing It All Back Home」、「Highway 61 Revisited」、「Blonde on Blonde」の、ディランにとって最重要時期のアウトテイク集です。特にCD1枚に丸々「Like A Rolling Stone」が形になっていくセッションの一部始終が納められたのは貴重です。
このVol.12だけは、他の曲のセッションでも、途中の打ち合わせなどの会話も含めた、何と18枚組という巨大な限定生産されたエディションも登場しています。ただし、どうしてもなんでも揃えないと気が済まない人を除けば、デラックスの6枚だけでも十分すぎる楽しさがあります。
▶ The Bootleg Series Vol. 13: Trouble No More 1979–1981 (Deluxe Edition)
リリース: 2017年11月3日 規格: 8×CD、ダウンロード
▶ The Bootleg Series Vol. 13: Trouble No More 1979–1981 (Standard Edition)
リリース: 2017年11月3日 規格: 2×CD、4×LP+2×CD、ダウンロード
ディランがキリスト教にのめり込んでいた時期のアウトテイク集。リアルタイムには賛否両論でしたが、この時期でも目を見張る素晴らしい曲が眠っていたことがわかり、またライブも素晴らしく、再評価されるきっかけを作りました。
これのみDVD「Trouble No More」が付属し、視覚的にも理解できるのは助かります。
ディランがキリスト教にのめり込んでいた時期のアウトテイク集。リアルタイムには賛否両論でしたが、この時期でも目を見張る素晴らしい曲が眠っていたことがわかり、またライブも素晴らしく、再評価されるきっかけを作りました。
これのみDVD「Trouble No More」が付属し、視覚的にも理解できるのは助かります。
▶ The Bootleg Series Vol. 14: More Blood, More Tracks (Deluxe Edition)
リリース: 2018年11月2日 規格: 6×CD、ダウンロード
▶ The Bootleg Series Vol. 14: More Blood, More Tracks (Standard Edition)
リリース: 2018年11月2日 規格: CD、2×LP
ディランの最高傑作アルバムに推す人が多い「Blood on the Tracks」は、主としてミネソタでのセッションで録音されたバンドをバックにした音源が収録されています。しかし、その直前にニューヨークで、アコースティックな音作りをした丸々1枚のアルバムが完成していたことは知られていて、これらも海賊盤として様々なものが出回っていました。
この巻では、お蔵入りになっていたニューヨーク・セッションの全貌をすべて公開したことで、あらためてどちらのバージョンも素晴らしい出来であることを再確認させてくれました。
ディランの最高傑作アルバムに推す人が多い「Blood on the Tracks」は、主としてミネソタでのセッションで録音されたバンドをバックにした音源が収録されています。しかし、その直前にニューヨークで、アコースティックな音作りをした丸々1枚のアルバムが完成していたことは知られていて、これらも海賊盤として様々なものが出回っていました。
この巻では、お蔵入りになっていたニューヨーク・セッションの全貌をすべて公開したことで、あらためてどちらのバージョンも素晴らしい出来であることを再確認させてくれました。
▶ The Bootleg Series Vol. 15: Travelin' Thru, 1967–1969
リリース: 2019年11月1日 規格: 3×CD、3×LP、ダウンロード
久しぶりにデラックス・エディションは無し。正規にはアルバムに1曲しか収録されなかったジョニー・キャッシュとのセッションがすべて納められています。発声法を変えたディランの集大成というところです。
▶ The Bootleg Series Vol. 16: Springtime in New York 1980–1985 (Deluxe Edition)
リリース: 2021年9月17日 規格: 5×CD、4×LP、ダウンロード
▶ The Bootleg Series Vol. 16: Springtime in New York 1980–1985 (Standard Edition)
リリース: 2021年9月17日 規格: 2×CD、2×LP、ダウンロード
これもやたらと流行に乗ったリミックスでひんしゅくを買った「Empire Burlesque」のセッションのオリジナル音源や、評判の良かった「Infeldes」のアウトテイクを中心に集められました。
▶ The Bootleg Series Vol. 17: Fragments – Time Out of Mind Sessions (1996–1997) (Deluxe Edition)
リリース: 2023年1月27日 規格: 5×CD、10×LP、ダウンロード
▶ The Bootleg Series Vol. 17: Fragments – Time Out of Mind Sessions (1996–1997) (Standard Edition)
リリース: 2023年1月27日 規格: 2×CD、4×LP、ダウンロード
「Time out of Mind」のセッションのアウトテイク集。またこの時期の豊富なライブ演奏も多数含まれていて、ここから再び快進撃するディランの様子が集大成されています。
▶ The Bootleg Series Vol. 18: Through the Open Window 1956–1963 (Deluxe Edition)
リリース: 2025年10月31日 規格: 8×CD、ダウンロード
▶ The Bootleg Series Vol. 18: Through the Open Window 1956–1963 (Standard Edition)
リリース: 2025年10月31日 規格: 2×CD、4×LP、ダウンロード
明快なコメントは出ていませんが、このシリーズの最終巻の予定となっているのがこのVol.18です。時代がいっきに遡り、ロバート・ジンマーマン少年が「ボブ・ディラン」に変貌していく過程を多くの音源を用いて克明にあぶり出しました。
基本的にはリアルタイムには聴くことが叶わなかった音源ですから、ディランの評価は正規に発売されたオリジナル・アルバムだけでも足りるはず。ですが、これらの内容がディランの音楽家としての歩んできた道の中で外しようがないピースばかりなので、できれば聴いてもらいたい、いや是非聴いてください。
はっきり言って、ディランも高齢ですから、新しいアルバムは・・・そしてツアー活動もいつまでもできるわけではありません。それでも、この偉大な音楽家と同時代を生きていることには、ある意味感謝の気持ちが湧いてきます。
全部合わせたら公式にリリースされたものだけでもCD150枚くらいになるわけですが、これからもふと瞬間に繰り返し聴き直し、これらの時代の空気とともにディランの世界に浸りたいと思います。

