2026年9月24日木曜日

激しい雨が降る (A Hard Rain's A-Gonna Fall)


ボブ・ディランがノーベル文学賞を2016年に受賞した時、その受賞対象となったのはそれまでに発表していたすべての歌詞でした。ただ、積極的なアナウンスはありませんが、特に初期のいくつかの曲の歌詞は特に注目されたらしい。

その一つが「A Hard Rain's A-Gonna Fall」で、1963年リリースの「The Freewheelin'」が初出で、演奏時間は6分55秒です。今でもステージのセットリストに加わることがあり、ファンからもディラン自身からも長く愛されている曲と言えます。

青い目の子はどこにいる、何を見た、何を聞いた、誰と会った、何をしている、という問いかけの後に、私はどうしているかという答えがいくつも続き、最後に「激しい雨が降る」で締めるという構造の曲です。

私はどうしているかという答えの部分はかなり自由度が高く、5節以上を好きなだけつなげている感じで、実際のライブでも歌ったり歌わなかったりしています。繰り返される「It's a hard」がポイントですが、これを「激しい」と訳するのが一般的のようですが、ここではあえて「辛い」という日本語を当ててみました。


青い目の私の息子はどこに? 可愛い幼子はどこに?
12の霧の山をよろよろと進み 6つのハイウェイを歩き
7つの悲しみの森を抜けて 12の淀んだ海の淵に立ち
墓場まで1万マイル 辛い、辛い、辛い、辛い
そして、激しい雨が降り出す

青い目の息子は何を見た? 可愛い幼子は何を見た?
野生の狼の群の中に赤ん坊を見た 無人のダイアモンドの道を見た
血がしたたる黒い樹を見た 血だらけでハンマーを持つ男たちを見た
凍り付いた白い梯子を見た 舌が動かない大勢の語り部を見た
若者が銃や剣を手にする 辛い、辛い、辛い、辛い
そして、激しい雨が降り出す

青い目の息子は何を聞いた? 可愛い幼子は何を聞いた?
雷鳴と警告を聞いた 世界中を飲み込む波のうねりを聞いた
凄まじい100人の太鼓を聞いた 誰も気にしない1万人の囁きを聞いた
一人が飢え大勢が笑うのを聞いた 行き倒れた詩人の歌を聞いた
路地裏で道化師が泣いている 辛い、辛い、辛い、辛い
そして、激しい雨が降り出す

青い目の私の息子は誰と会った? 可愛い幼子は誰と会った?
死んだ仔馬の傍らでこどもと会った 黒犬を連れた白い男と会った
燃えるような娘に会った 虹をくれた少女に会った
恋に傷ついた男に会った 憎しみに傷ついた男にも会った
辛い、辛い、辛い、辛い そして、激しい雨が降り出す

青い目の私の息子は何してる? 可愛い幼子は何してる?
雨が降り出す前に出かけよう 真っ暗な森の中へと出かけよう
何も持たない多くの人がいる所 毒の粒子が流れ出す所
汚れた刑務所の隣の家がある所 顔を隠した処刑人がいる所
飢えて魂が忘れ去られる所 色は黒だけで数が無い所
話し、考え、喋り、そして息を吐く
すると山から吹き戻され、すべての魂に伝わるのだ
それから沈み始めるまで海に立ち続ける
しかし歌い出す前にその歌をよくわかっていたいものだ
辛い、辛い、辛い、辛い そして、激しい雨が降り出す

(意訳 : 亜沙郎)


そう思って訳を作っているからというのもあるかもしれませんが、少なくともかなり文学的な表現が頻出します。詩と歌詞は違うとは言え、これを文学ととらえる事には何ら抵抗を感じません。

文学だから難解というわけでもないでしょうけど、ディランの独特の感性というものが、常人にはたいへん理解しづらい。英語圏の人々でも、すぐにこの歌詞の内容を理解した人がどれくらいいるのでしょうか。この歌詞が作られた当時は、キューバ危機直前の緊張の時期にで、アメリカ国民は核兵器で攻撃されるかもしれないという恐怖を持っていました。

おそらく大部分は、世界、世間の不条理みたいなものをいろいろなものに例えて並べているのかと思います。最終的に、最後の5行が、最もこの歌で言いたかったことで、様々のことを誰もがしっかり考えて行動すれば、必ず良い方向に行くに違いないという前向きな結論だと思います。

ノーベル文学賞の授賞式では、欠席したディランに代わってパティ・スミスがこの曲をステージで歌いあげました。スミスはこの曲を選んだ理由として「彼の一番美しい曲のひとつで、卓越した言葉によって、人々の苦しみの原因や人々の反発への深い理解が表現されている」と述べています。